国枝慎吾、燃え尽き症候群で「もう辞めるべきか」。ウインブルドン初優勝へ気持ちを取り戻せた転機とは? (3ページ目)

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

原点に立ち返った国枝の今

「ああいうショットって、ゾーンに入っている時じゃないと打てないのかもしれない。でも、それを追うことに、今は楽しさを覚えているというか。ほんと原点でしょうね、それって。

 テニスを始めた頃ってやっぱり、そういう純粋な気持ちだったじゃないですか。『こうやって打てばあんなにスピンがかかるんだ!』とか、『こんなにスピードが出るショットを打てるんだ! ああ、もう一回あんなふうに打ちたい!』って思っていた、子どもの頃の心境に本当に戻ったというか」

 無垢な笑顔で次々と言葉を紡ぐ彼は、こみ上げるうれしさがこぼれるように、こう続けた。

「でも、なんか最近、あのショットが再現できつつあるんですよね」

 半年前に放ったバックハンドショット再現への旅は、「すべてのショットを見直す」起点にもなったという。

「フォアにしても、サーブにしても、今はすべてのショットにモチベーションがありますね」と語る王者は、きたるウインブルドンに向けても、新たな挑戦を心待ちにしている。それは、ウインブルドンのシングルスだけが、48のグランドスラム単複優勝を誇る国枝のコレクションに唯一欠けているピースだからでもあるだろう。

 ウインブルドンの車いす部門に、シングルスができたのが2016年のこと。それは国枝が、ひじのケガに苦しめられた時期とも重なる。

「もちろん、このタイトルを獲れなくても『いいテニス人生だった』と言えると思うんですが......やっぱり、ね。どうせだったらコンプリートしたいという気持ちは、当然持っています。

 このウインブルドン・シングルスが、僕が20代の時に行なわれていたら、タイトルを獲っていただろうなとも思うんですよ。2016年はちょうど僕が一番下がっていった時期でもあったので。そういうタイミングももちろんあるけれど、またね、こうやって上がっている状態なので。どうせだったら、獲りたいと思います」

 想いを込めるように文節に挟む「ね」の一音が、紡ぐ言葉に推進力と説得力を生む。

 原点に立ち返り、テニスの楽しさを追い求める永遠のテニス少年は、逃したかに思われた"タイミング"を自らの力で引き寄せ、芝の頂点へと漕ぎだす。

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