金メダリストの里谷多英はなぜフジテレビに入社したのか 「最初は普通に働くつもりでした」 (3ページ目)
――結果的には競技を続行することになり、人事部で働くことになります。
里谷 競技生活をしていると、やはり遠征がすごく長いんですよね。1回の遠征で1カ月とか行ってしまうので、その間ずっと出社できなくなります。そうなると、通常の部署だと両立が難しく、人事部に所属し競技生活を続けることになりました。
――スキー部のある企業に就職すればよかったな、とは思いませんでしたか。
里谷 そうは思いませんでしたが、私のためにスキー部を作ってもらったり、業務の負担を軽くしてもらってスキーに専念させてもらうのは、申し訳ないなと思っていました。
――競技を続けている間は、ずっと人事部所属ですか。
里谷 そうです。1999年の入社から2014年まで、16年くらい人事部にいました。
――その当時、出社したときには、どんな仕事をしていたのですか。
里谷 採用の手伝いや書類の整理などです。あと、人事部の一大イベントである入社式には必ず参加していました。社長に新入社員の辞令を手渡す担当をしたこともありましたね。
――出社の機会は限られていたとはいえ、人事部での社会人生活はどうでしたか。
里谷 まるで別世界のように感じていました。私に務まるのかなとか、スキーをやめたあとにちゃんと働けるのかなとか、不安もありました。
(つづく)◆スキーしかしてこなかった里谷多英がセカンドキャリアでも成功できたわけ>>
photo by Fujimaki Gohこの記事に関連する写真を見る里谷多英(さとや・たえ)
1976年6月12日生まれ。北海道出身。スキーのフリースタイル・モーグルの第一人者。オリンピックには1994年のリレハンメル大会から2010年バンクーバー大会まで5大会に出場。1998年長野大会で金メダルを獲得し、一躍脚光を浴びる。2002年ソルトレイクシティー大会でも銅メダルを手にした。1999年にフジテレビに入社。現役引退後も同社に勤務。現在はイベント事業局イベント販売企画部の副部長を務めている。
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