金メダリストの里谷多英はなぜフジテレビに入社したのか 「最初は普通に働くつもりでした」 (2ページ目)
――とはいえ、金メダリストともなれば、引く手あまただったのではないですか。
里谷 そんなことはないですけれど、スキー部が有名な企業からは、いろいろとお誘いをいただいたので、どこに入るのがいいのかなとは考えていました。
――ところが、実際はフジテレビに入社。それは、競技を続けることを前提とした就職だったのですか。
里谷 いえ、そうではなかったんです。普通に就職して働くつもりでした。
――それが、なぜ競技を続けることになったのですか。
里谷 最初は「普通に働きます」と言っていたのですが、でも、少しずつ私の気持ちが変わって。「やっぱり、もうちょっと競技をやってみたいと思います」と会社に伝えたら、「やりたいなら続けてもいい」と言ってくれたんです。最終的には自分で(スキーを続けるか、やめるか)選択することができました。それで、スキーを引き続きやらせてもらうことになったんです。
――その決断は、いつ頃のことですか。
里谷 もう入社するかどうか、というときですね。私はずっとスキーをやってきたので、「ちょっと休んで、普通の生活をしたい!」と考え、大学4年生の1年間はスキーを休んでいたんですね。長野五輪で燃え尽きた感じもあって、大学卒業後は普通に働いてみようかなっていう気持ちもあったので。でも、休んでみて、やっぱり何もしないのは全然面白くないな、と思ったんです。
――そうして、フジテレビ所属という異例のアスリートが誕生したわけですね。
里谷 私は1999年入社で同期が40数人いて、みんなと一緒に2カ月間の研修を受けました。
――最初の配属先は?
里谷 人事部です。研修ではひととおり、全部署に行きました。
――「普通に働いてみようかな」と思っていたときは、どこか希望の部署があったのですか。
里谷 私は小さい頃からフジテレビのドラマが大好きだったので、ドラマ制作の部署を希望しました。
――研修でドラマ制作の仕事を体験してみて、いかがでしたか。
里谷 研修では、ドラマ撮影にも立ち会ったのですが、すごくこう......、なんだろうな......、撮影現場は呼吸もできないくらいの緊迫した雰囲気で「ドラマは私には無理かな」とすぐに思いました。
スキーだったら、自分が失敗しても自分が悔しいだけですが、ドラマは自分ひとりのせいで全部が台無しになるかもしれない。そう考えただけで、ちょっと怖くなりました(苦笑)。
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