1日8時間練習し、400本を射るアーチェリー山内梓「音は聞こえず、自分の的しか見えない。そこまで集中力を高めてく」 (2ページ目)

  • 佐藤俊●文 text by Sato Shun
  • 説田浩之●撮影 photo by Setsuda Hiroyuki

「インターハイの優勝が転機になりましたね。そこで優勝していなかったらもうやめていたと思います。実際、就職を考えていたんですが、優勝で気持ちがコロッと変わりました(笑)。ただ、せっかくやるなら一番強いところでやりたいと思ったんです。その時、近畿大の監督とコーチから声をかけていただきました。国内トップレベルの選手がたくさんいるところなので、そこで頑張って上を目指して行きたいなと思ったんです」

 近畿大は関西学生アーチェリーリーグで現在27連覇中だ。昨年の全日本ターゲットアーチェリー選手権で優勝した野田紗月は近大生で、9位内にも2名の近大生がおり、同志社大学や愛知産業大を凌駕する日本屈指のアーチェリー強豪校である。当然、レベルが非常に高かった。

「大学に入学した当初は、自分のレベルが低すぎて、自信もなくて、置いていかれないようにするので必死でした」

 部員たちは朝、練習が終わると寮に帰り大学に向かうが、山内は寮に戻らず、授業に間に合うギリギリの時間まで射ち続けた。1日300本から400本を射ち、練習場から直接、自転車で近くの駅まで行き、学校に向かった。それ以外にもランニングなどの基礎トレーニングや筋トレを行ない、寮には寝に帰るだけだった。また、高校時代のフォームを修正すべく、1年かけて取り組んだ。

「フォームの修正は、立ち方から弓の持ち方、姿勢と本当に全部です。高校3年間のクセもあったので、すごく大変で修正している時は高校の時よりも点数が下がってしまったこともありました。でも、ずっと続けることでフォームのブレがなくなり、固まってきたんです」

 アーチェリーは、試合時間が長く、その時間、安定したフォームで射てるようにならないと高得点が望めない。途中で猫背になったり、重心がうしろにいくと、点数がバラついてスコアをまとめることができなくなる。

「大学3年の時には、だいぶ安定してきて、射つ前に、これは的に入るなという感覚がついてきました。すると点数がついてくるようになり、自信もついてインカレの個人戦で優勝することもできました。その頃から世界に通用する選手になりたいと思うようになったんです」

【東京五輪で感じた世界との差】

 山内は、その夢に一歩ずつ近づくように五輪選考会を勝ち抜き、東京五輪の出場権を手に入れ、夢の舞台で戦った。世界の強豪と対峙し、味わったのは個の力の違いだけでなく、その強さを支えるサポート面や環境の差だった。

「今、アーチェリーで一番強い国が韓国なんですが、彼女たちは小さい頃から弓を引いてきているので技術もフォームの安定感も全然違うんです。しかも東京五輪前は五輪会場と同じ施設を作って練習するなど、設備、環境も整っています。韓国ではメジャー競技でもあるので、メディアのサポートもすごく大きいんです。日本は、大学時代に頑張っても実業団で続けられず、やめてしまう人も多いですね。続けられる環境が少なく、認知度もまだまだですので、早く韓国に追いつけるように実力も環境も上げていきたいです」

 アーチェリーは、サッカーや陸上と異なり、公園でやるわけにはいかない。洋弓場など特別な場所に行き、やるとなれば道具も必要になり、気軽に経験できる場がまだまだ少ない。また、大学卒業後も競技を続けたいと思っても実業団はなく、大会で優勝しても賞金が出るわけではない。個人スポンサーがつくことはあるが、基本的には日本代表に入らないと海外への遠征もままならない。

「続けたくでも続けられない。そういう選手が多いと思うので、自分たちが世界で結果を出して、もっと注目してもらえるように頑張るしかないですね。もちろんそれだけじゃなく、SNSなどでも発信できたらと考えていますが、あまりできていなくて......。アーチェリー連盟も昨年からインスタを始めたので、そこからやっていきたいんですが、アーチェリーの動画とかどう見せたらいいのか、難しいですよね(苦笑)」

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