アドベンチャーレーサー田中陽希「殴られる意味がわかっていました」。仲間との過酷なレースで得た精神的成長 (3ページ目)

  • 田中清行●取材・文 text by Tanaka Kiyoyuki
  • 岡庭璃子●撮影 photo by Okaniwa Rico

この記事に関連する写真を見る 逆にうまくいった場合は、思わぬ熱い力が湧いてくるし、感動も数倍になります。ひとりでは足を踏み入れられない場所なのに、同じ気持ちで戦っている仲間がいるから自分はここに立てているのだ、という感覚は必ずあります。不安な気持ちを互いに鼓舞しながら進める仲間がいて、「頑張ろうよ。行こうよ」とポンと背中を叩かれると、勇気をもらえます。

 自然に勝つのでも、相手チームに勝つのでもなく、ARは「自分たち」に勝たなくてはいけません。睡眠との戦い、理性を失ったメンバー間のコントロールの駆け引きなど、自ら望んで追い込まれた環境に入るのですから、それぞれの内面の葛藤になるのは当然です。

 とあるレースのゴール直前、キャプテンの田中正人さんに、「田中さんと僕は水と油ですね」と捨て台詞のように言ってしまったことがあります。相容れない存在、という意味です。当然、緊張が走り、そして、殴られました。でも僕は、殴られる意味がわかっていました。そのような自分にはなるまいといつも思っていたのですが、そのレースではどうにもコントロールできませんでした。

 真っ暗闇の密林のなか、ヘッドライトの灯りを頼りに、チームで地図を見て方向を定め、道なきところを疑心暗鬼で進みます。当然、時にミスもします。チームを先導し、ナビゲートし、それが誤っていた時、最もキツい思いをしているのはキャプテンです。それを理解し、フォローしカバーするのが他のメンバーの任務でもあるのに、僕はそれができなかった。相手のミスを責めた。そのレースは左ほおを腫らしてゴールしました。精神的成長を促してくれた、忘れ得ぬ一撃です。

日本チームのメンバーたち(提供写真)日本チームのメンバーたち(提供写真)この記事に関連する写真を見る
(インタビュー後編につづく)

【profile】
田中陽希 たなか・ようき 
1983年、埼玉県生まれ、北海道育ち。明治大学在学中はスキー部に所属しクロスカントリースキーの選手として活躍。群馬県みなかみ町の「カッパクラブ」でリバーガイドとして働く傍ら、アドベンチャーレースのプロチーム「チームイーストウインド」で活動。2012、2013年のパタゴニア・エクスペディションレースに出場し、2年連続2位。2014年、人力のみで進む「日本百名山ひと筆書き」を達成。翌年に「2百名山」を、2018〜2021年には「3百名山」を踏破。

「パタゴニアエクスペディションレース」写真:田中陽希本人撮影

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