2022.04.29

田中陽希が「自分を変えたい」と挑んだ501座の過酷な登山。旅を経て気づいた「変えるのはちょっと違う」

  • 田中清行●取材・文 text by Tanaka Kiyoyuki
  • 岡庭璃子●撮影 photo by Okaniwa Rico

プロアドベンチャーレーサー・田中陽希インタビュー後編

2014年に人力のみで日本百名山を完登する旅「日本百名山ひと筆書き Great Traverse(グレートトラバース)」に挑んだプロアドベンチャーレーサー田中陽希。その後、2015年に2百名山、2018年から昨年8月にかけて3百名山の旅を終え、日本全国計501座の山を完全踏破した。長い旅を終えた田中が今、自身の半生を振り返り、そして未来を見据える。後編では、過酷な山の旅で得た教訓について語る。(記事中敬称略)
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グレートトラバースの挑戦を振り返る田中陽希グレートトラバースの挑戦を振り返る田中陽希 この記事に関連する写真を見る 田中陽希
 自然をフィールドに行なうアドベンチャーレース(以下AR)のスタート直前。体型や顔つきから、百戦錬磨のツワモノたちが勢ぞろいしています。いざレースが始まり、見た目どおり強い人もいますが、小柄で太っていてお腹も出た、一見大丈夫かと思わせるのに、自分たちよりも上位にいたり、レースを楽しんでいる選手がいます。

 それは、最終的にモノをいうのは精神面だということだろうと思います。肉体を支配しているのは精神だ、と僕は思っています。精神が崩壊すると、いかに屈強な身体でも機能しません。ただの肉塊になってしまいます。チームとしては、精神面のコントロールや充実を重要視しています。精神的な成長が促されないと、体力的に優れていても、強くなれませんから。

人間の精神における「年輪」

 性格はなかなか変わりませんが、価値観や考え方の変化が人間の成長なのだと思っていました。少なくとも、2014年の「百名山ひと筆書き」の頃は、自分でいろんなことを経験して、いろんな価値観にふれることで、自分をよりよいものに変えていくことが大切だと考えていました。

 しかし、それはちょっと違うかなと、2018〜2021年の「3百名山」の時に感じたのです。変えるのではなく、結局、「上書き」なのだ、と。木にたとえれば、幹は成長します。その中心には、苗木の頃の木の肉が残っていて、その周りに年輪となって新しい木の肉が重なり、どんどん太く、高くなっていきます。

 されど、同じ木です。それにならって言いますと、人間にも、苗木の頃の気持ちや考え方、未熟な性格や精神性が幹の中心に残っています。残っていて当然です。それがあればこそ、その上に新しい考え方や精神性が覆い重なっていくのです。しかも年輪のように何度も何度もです。当然、同一人物です。それが人間の精神面の成長だ、と今は考えるようになりました。

 少しつけ加えますと、みんなに平等に流れる時間ですが、その時間をより濃密に過ごすと、成熟度は早いし、得られるものも多いです。たとえば、年に一度山に登る人と、一年の間に日本アルプスも、海外も、冬山もやり、100日は山にいるという人とでは、自ずと大きな開きができます。身を投じれば投じるほど、多くの経験をし、いろんな「返り」がありますので、そこで考え、対処しなければなりません。その思考やノウハウが年輪の一つひとつになり、幹も太くなり、成長するのだと思います。

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