2021.11.11

モーグル里谷多英、長野五輪金メダル獲得の真相。気持ちを入れ替えた「2つの出来事」

  • 佐藤 俊●取材・文 text by Sato Shun
  • 藤巻 剛●撮影 photo by Fujimaki Goh

長野五輪金メダリスト
里谷多英インタビュー(前編)

この夏、新型コロナウイルスの感染拡大によって1年延期された東京五輪が開催された。年が明けて2022年2月には冬の北京五輪が行なわれる。東京五輪同様、日本人選手の活躍が期待されるが、五輪開幕を前にして思い出すのは過去に輝かしい結果を残した選手たちである。1998年長野大会で日本人女性初の金メダリストとなり、2002年ソルトレークシティー大会でも銅メダルを獲得したフリースタイル・スキーモーグルの里谷多英さんもそのひとりだ。今回、そんな彼女を直撃し、当時の快挙達成の瞬間を改めて振り返ってもらいつつ、その後の人生、さらには現在の状況について話を聞いた――。

冬季五輪で日本人女性初の金メダリストとなった里谷多英さん。photo by Kyodo News冬季五輪で日本人女性初の金メダリストとなった里谷多英さん。photo by Kyodo News この記事に関連する写真を見る ――里谷さんは初めて出場した1994年リレハンメル大会以降、1998年長野、2002年ソルトレークシティー、2006年トリノ、2010年バンクーバーと5大会連続で五輪出場を果たしました。最も印象に残っているのは、どの大会ですか。

「やはり(メダルを獲得した)長野とソルトレークシティですね。長野の時は(地元日本開催で)表彰台に立ちたいという気持ちは、もちろんありました。でも、それまでにワールドカップツアー(以下、W杯)でも3位以内に入ったことがなく、現実的には『難しいだろうなぁ』と思っていました。それなのに、金メダルが獲れたので、こんなこともあるんだなと思いましたね。

 ソルトレークシティーでも大会前はなかなか結果を出せないなかで、銅メダルを手にすることができました。正直なところ、2つともメダルを獲れるとは思っていなかったので、本当によかったです」

――メダル獲得への自信や手応えがそれなりにあったと思っていたのですが、そうしたものはまったくなかったのですか。

「(メダル獲得の)自信はなかったですね。それでも、長野五輪の2年前、(上村)愛子が初めてW杯(マイリンゲン大会)に出場して、いきなり3位になったんです。それを見た時、『私は今まで何をやっていたんだろう』『しっかり頑張らないといけない』という気持ちになって。

 あと、長野五輪の前年に父が亡くなって、そこから一年間は気持ちを入れ替えて、トレーニングなどでも妥協を一切なくしたんです。それまでは、サボり癖があったりしたんですけど(苦笑)。そうして、五輪のスタートラインに立った時には『やらないといけないことはこれ以上ない』『ここで全力を出しきって、自分の納得がいく大会になればいい』――そう思っていました」