2014.07.29

悲願達成。ツール・ド・フランス王者を支えた鉄壁の布陣

  • 山口和幸●取材・文 text by Yamaguchi Kazuyuki photo by Wada Yazuka

 第101回ツール・ド・フランスはイタリアのビンチェンツォ・ニーバリが初優勝を果たした。イタリア勢の優勝は1998年のマルコ・パンターニ以来となり、10勝目。2位を7分以上離しての圧勝は1997年のヤン・ウルリッヒ(ドイツ)以来だ。

2014年のツール・ド・フランスを制したニーバリ 大会は例年よりも悪天候にたたられ、濡れた路面や視界の悪さで有力選手に不運が降りかかった。前年の覇者、イギリスのクリストファー・フルームが第5ステージの途中に2度にわたって落車。じつはその前日に手首の骨にヒビが入る大ケガを負い、テーピングで固めて強硬出場していたが、完全に骨折してしまい、痛みに耐えられずリタイアした。

 第10ステージでは、優勝候補のひとり、スペインのアルベルト・コンタドール(2007、2009ツール・ド・フランス優勝)が落車。右足を骨折したが、救急ドクターが止血して、一度は自転車に乗って走り始めた。その後、はるか前方を行く先頭集団にコンタドールが復帰できるよう、チームメートが風よけをしながら引き戻そうとしたが、あまりの痛みに断念。最後は頑張ってくれたチームメートと肩を抱き合い、自転車を降りてチームカーに乗り込んだ。

 29歳のニーバリは、フルーム、コンタドールとともに3強と言われていた。ただしフルームとコンタドールに不運がなかったら、ニーバリは勝てていなかったのか?と考えると、そうではないだろう。アルプスやピレネーで脱落することなく、終始冷静な走りに徹して逃げ切れるニーバリの実力は、ずば抜けていた。ふたりのライバルがいたとしても、これほどまでの独走でなかったにせよ、競り勝って優勝を飾っていたのではないだろうか。

 ニーバリのニックネームは「メッシーナのサメ」。地中海に浮かぶシチリア島の、最もイタリア半島に近い町、メッシーナに生まれた。ツール・ド・フランス、ジロ・デ・イタリア(以下ジロ)、ブエルタ・ア・エスパーニャ(以下ブエルタ)に12回出場して全完走という安定感を誇る。2010ブエルタ総合優勝、2013ジロ総合優勝、そして今回のツール・ド・フランスで、グランツール3大大会をすべて制した史上6人目の選手となった。