町田樹「フィギュアしかない」劣等感から研究者を目指すまで 「報告・連絡・相談」すらできないところからのスタート (3ページ目)
ただ、継続していればいいわけでもない。アスリートは永遠にはできないので、辞める時を見極める必要があります。『ここまで続けたから、まだやれるはずだ』と妄信することになるのだとすれば、継続が足かせになるかもしれない。
人間の欲望は果てしないんです。世界選手権で準優勝した時、演技を終え、銀メダルをいただいて、ホテルのお風呂に入りながら『これだけの演技ができたら、明日死んでもいい』と本当に思いました。でも翌朝には、次の大会でメダルを取りたいと思っている。その時にはさすがに自分自身に、『おまえ、昨日と言っていることがもう違うじゃねぇか』とツッコミを入れました(笑)。それだけアスリートの欲望というのは、止めることが難しいのです。
欲望は膨れ上がる一方、身体はどこかでピークを迎え、必ず衰えていく。私には2014年末、その予兆がありました。若手も成長してきていたし、大学院にも受かっていた。次のキャリアの見込みが立っていたからこそ、冷静にそのピークを見極めて引退することができたのだと思います」
── 今後について、どのように考えていらっしゃいますか?
「アスリートは技術を積み重ねても、大きなケガで根こそぎ崩れてしまうリスクがある。私は常にその恐怖感を持って、ケガのリスクを感じた時には一線を越えないよう意識してトレーニングをしていました。無理をして得られるものと、ケガのリスクを天秤にかけ、その境界を見極めていたんです。そういう観点を常に忘れずに選手活動をしていました。
一方で研究者は、そのような心配がなく、努力した分だけ着実に積み重ねていけます。先人の研究を踏まえるからこそ新しい発見が可能となることを意味する、『巨人の肩の上に乗る』という格言があります。つまり、巨人というのは、先人たちの歩みと積み重ねを表す比喩なのです。
私もひとりの研究者としてその巨人を成長させていくことに少しでも貢献できるようがんばりたいですし、長く研究に取り組み、解説や振り付けを通じて、現場にその知を還元する活動にも邁進したいと思っています」
(了)
【profile】
町田樹(まちだ・たつき)
1990年3月9日生まれ、神奈川県出身。3歳でフィギュアスケートを始め、2006年に全日本ジュニア選手権で優勝。関西大学進学後に頭角を現し、2013年のスケートアメリカ、ロステレコム杯を制した。2014年ソチオリンピック男子シングルで5位入賞。同年の世界選手権では羽生結弦と0.33点差の銀メダルを獲得した。2014年に競技生活を終え、研究者を目指して大学院へ進学。2018年にプロスケーターとしての活動も終えた。2020年に早稲田大学大学院で博士号(スポーツ科学)を取得。現在は國學院大學人間開発学部健康体育学科准教授を務め、スポーツ科学者、著述家、フィギュアスケート解説者として活動している。身長162cm。
著者プロフィール
了戒美子 (りょうかい・よしこ)
1975年生まれ、埼玉県出身。2001年サッカー取材を開始し、サッカーW杯は南アフリカ大会から、夏季五輪は北京大会から現地取材。現在はドイツを拠点に、日本人選手を中心に欧州サッカーを取材中。著書『内田篤人 悲痛と希望の3144日』(講談社)。
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