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町田樹「フィギュアしかない」劣等感から研究者を目指すまで 「報告・連絡・相談」すらできないところからのスタート (2ページ目)

  • 了戒美子●取材・文 text by Yoshiko Ryokai

 せっかく向いていると言ってくださったし、読むことや書くことが好きなら、研究者としてそれができる。思いきって退路を断ち、研究者一本でやっていくことを目指そうと思いました。

 そこからはアスリートと一緒です。目標を設定し、達成するために何が足りないかを分析し、それを手に入れる努力をする──。私も研究者になると定めて、足りないものをひとつずつ身につけました。正直に言えば、当時はWordもExcelも使えなかったので、パソコンの使い方から勉強しました。研究力も語学力も必要です。そういった基本的なことから始めました」

── 過去に取材した選手で、現役を辞めて会社に入ったものの電話をとることすらできず鬱状態になった、という経験をした人がいました。アスリートからスポーツの外の世界に出ることは、我々の想像以上に大変なのではないでしょうか。

「私はアスリートから研究者へと転身する過程で、いろんな人に、ものすごく怒られました。ともすれば、アスリートは、『他者に対して自分には何ができるか』という視点が欠如しがちなんです。もちろん全員ではありませんが、特に私にはそういうところがありました。

 スポーツの勝負では、自分に一番有利な方向を考えて動くことが仕事です。でも、世の中のほぼすべての仕事は、他者のために何ができるかという観点で動いている。決定的に視点が違う。そのまま社会に出ても、受け入れられない。切り替える努力が必要です。

 たとえば、私は『報告・連絡・相談』ができないところからでした。『それ言ってないじゃん』『なんで勝手に進めるの』と怒られた。『報・連・相』は他者との関係を築き、協調するための手段ですが、その一丁目一番地ができなかった。そういうところから変えないと難しいと思います」

── 医学やトレーニング方法が進化し、選手の現役期間は長期化しているように思います。一方で、町田さんのようにセカンドキャリアにスムーズに移行することを考えると、転換は早いほうがいい。そのあたりはどう思われます?

「極めて難しいです。私は『継続は力なり』を、同世代の仲間から学びました。若い頃、絶対に勝てないと思う才能を持った選手がたくさんいました。でも、その多くが受験や家庭の事情などで去っていった。私は続けたことで、全日本2位になり、五輪代表になれた。あの才能豊かな選手たちがもし続けていたら、私は五輪の舞台に立てなかったかもしれません。

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