日本ボクシング世界王者列伝:三浦隆司 リングに刻んだ「ボンバーレフト」の鮮烈な記憶一本気な男が追求した強さと変化 (3ページ目)
【一瞬の逆転劇で取り逃がした世界的スターの評価】
その秋(11月21日)、三浦はアメリカ・ネバダ州ラスベガスに飛んだ。メインイベント、サウル・アルバレス(メキシコ)対ミゲール・コット(プエルトリコ)のミドル級タイトルマッチの前座だった。しかし、若きスーパースターがカリブのヒーローと対したスーパーファイトを、現地で取材した私はほぼ記憶していない。興味の大半がセミファイナル、三浦が五輪代表の技巧派フランシスコ・バルガス(メキシコ)の挑戦を受ける戦いに集まっていたのだ。そして、その戦いは期待どおりの猛烈打撃戦ながら、結末はあまりに残酷だった。
距離をとってアウトボクシングに出るものと思われたバルガスだったが、打撃戦に打って出た。受けに回った三浦だったが、4ラウンド、あざやかな左ストレートを強打してダウンを奪う。8ラウンドにも左パンチが爆発し、ストップ寸前にまで追い込んだ。しかし、9ラウンド開始からわずか8秒、バルガスの左アッパー、さらに右ストレートを浴び、三浦は前のめりに倒れ込む。立ち上がったがまた倒れ、ふらつきながらも再び起き上がる。両手を上げて大丈夫だとアピールしたが、ダメージは甚大だった。挑戦者の追撃に応戦するも、やがてディフェンスレスになり、レフェリーに試合を止められた。この激戦は同年のリング・マガジン『年間最高試合』に選ばれたものの、世界にとどろく「ボンバーレフト」の夢は潰えた。
三浦は2017年、ロサンゼルス近郊イングルウッドで、WBC王者ミゲール・ベルチェルト(メキシコ)に挑むが、初回にダウンを奪われたあとは、チャンピオンのアウトボクシングを崩せないまま大差判定負け。この一戦で現役生活にピリオドを打っている。
引退後は郷里の秋田県に帰った。後進の指導にも積極的で、時には帝拳時代の恩師、葛西裕一が経営するジムで特別コーチを買って出たこともあった。現在は母校・金足農業高校のボクシング部監督を務める。普段はひたすら温順、リングに入れば一転、KOの鬼になった男が、どんなボクサーを育てるのか。楽しみで仕方ない。
●Profile
みうら・たかし/1984年5月14日生まれ、秋田県三種町出身。小学生の頃からボクシングに興味を持ち、金足農業高校時代にはアマチュアで活躍。2002年のよさこい国体で優勝を飾っている。卒業後、プロに転じて6回戦でプロデビュー。2009年に日本スーパーフェザー級チャンピオンに。世界初挑戦は敗れたが、2013年、2度目の挑戦でWBC同級チャンピオンを獲得した。4度防衛後に米国リングに本格的に進出したが、痛恨の逆転TKO負けでタイトルを失う。2017年に世界復帰をかけた一戦で敗れて引退。サウスポーのすばらしいパワーパンチャーだった。身長169cm。37戦31勝(24KO)4敗2分。
著者プロフィール
宮崎正博 (みやざき・まさひろ)
20歳代にボクシングの取材を開始。1984年にベースボールマガジン社に入社、ボクシング・マガジン編集部に配属された。その後、フリーに転身し、野球など多数のスポーツを取材、CSボクシング番組の解説もつとめる。2005年にボクシング・マガジンに復帰し、編集長を経て、再びフリーランスに。現在は郷里の山口県に在住。
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