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日本ボクシング世界王者列伝:八重樫東 14度の世界戦を戦い抜き「3階級制覇」を成し遂げた傷だらけの勲章 (2ページ目)

  • 宮崎正博●文 text by Masahiro Miyazaki

【あくまで挑み続けたチャンピオンの日々】

 2011年秋、WBA世界ミニマム級王者ポンサワン・ポープラムック(タイ)に挑む。きわめつきのタフガイで、打たれても打たれても蘇ってくることから「ターミネーター」とあだ名されたこのタイ人と、熾烈な打撃戦を展開。10ラウンド、百発にも及ぶ連打を浴びせてポンサワンをTKOに追い込み、ついに世界王座を手にした。

 しかし、八重樫は挑み続けた。翌年6月、WBCチャンピオン、井岡一翔(井岡=当時)との統一戦へと進む。またしても白熱の戦いになった。井岡が鋭く打ち込むジャブ、右ストレートに八重樫の左目上が大きく腫れる。中盤戦あたりには腫れは鶏卵大にもなった。ドクターチェックに対し、八重樫はグラブで目を押し広げて、「ほら、ちゃんと見ています」とアピールし、奮戦とどまることを知らず。僅差判定で敗れるが、ベルトは失っても、その勇気と闘魂は大きく賞賛された。

 それから1年、一気に2階級上げて、WBC世界フライ級王座に挑む。対戦するチャンピオンはかつての五輪選手、サウスポーの五十嵐俊幸(帝拳)だったが、得意の右クロスを効果的にヒットして、文句なしの判定でタイトルを奪取する。このタイトルを3度守ると、次なる大勝負に敢然と打って出た。

 2014年9月、ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)と対したのだ。日本のリングにも6度登場し、"ロマゴン"という愛称で呼ばれた挑戦者は、その時点で39戦全勝33KO。すでにミニマム、ライトフライ級で世界一になっていた。しなやかな体から多彩な角度で打ち込んでくるパンチは、いずれもしびれるように強い。カウンターのタイミングもすばらしい。すでに将来の『名誉の殿堂』入りは確実と言われていたスーパーボクサーに、怖れ知らずの八重樫は立ち向かった。

 だが、なおゴンサレスの戦力は巨大だった。左フックを巧みにカウンターされて3ラウンドにダウンを喫する。それでも懸命に応戦していくのだが、ニカラグア人のショートパンチを連打されて、だんだんと戦力は搾り取られていった。9ラウンド、連打のなかにアッパーを交えられ、八重樫は力尽きて仰向けに倒れ込む。レフェリーがそこでストップをかけた。

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