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中谷潤人が映画『ロッキー』の名所で受けたレッスン 元ヘビー級王者が現役時代に味わった苦難には「哀しい気持ちになった」 (4ページ目)

  • 林壮一●取材・文 text & photo by Soichi Hayashi Sr.

 かつてドン・キングは、ティムが初防衛戦に向けて必要としたトレーニングキャンプでの費用、食事代、バンテージ代などを一切、払わなかった。「これでは調整できない!」と主張しても、のらりくらりと誤魔化した。居留守を使われたことも1度や2度ではない。何より、ティムが心から信用していたトレーナーをキャンプ地に行かせないように仕向けた。

「トレーナーの相場が、選手のファイトマネーの10パーセントというのは、わかっているよな。でも、ウィザスプーンの報酬は、この俺が決めるんだ。お前の取り分なんて、雀の涙ほどもないんだよ」

 そんなドン・キングのひと言で、ティムのトレーナーはキャンプ参加を見合わせた。

 ティムは自暴自棄となり、ドラッグで憂さを晴らすようになる。コンディションなど作れるはずもなく、闘うモチベーションも失った。初防衛戦では格下相手に判定負けし、呆気なく王座を明け渡してしまう。

 中谷は話した。

「ボクシングに向かう環境を整えないと、結果は出せませんよね。組むべき相手とやっていかなければ、と痛切に感じます。強さを求める選手に対し、障害となる動きがあるなんて......。僕にとって、WBCのベルトは幼い頃から憧れていた物で、獲得して光栄に感じますが、ティムにとっては"奴隷生活"を物語っていたんですね。大変だっただろうなと、心から思います。チャンピオンはもっと評価されるべきですし、ティムの置かれた状況は好ましくないですよね」

 中谷はひとつひとつ言葉を選びながら、絞り出すように語った。WBOフライ級、同スーパーフライ級、WBCバンタム級、そして数日前にIBFバンタム級と、世界のベルトを巻いてきた彼にとって、元世界ヘビー級チャンピオンの哀史は、受け入れるのが困難だったようだ。

 中谷は、熟考しながら言った。

「でも、苦しかった過去を払拭するかのように、周囲に愛情を注ぐ人ですね。とても優しいですし、いつでも誰にでもああやって笑顔で接する。僕にもです。娘さんをしっかり守りながら生活している姿も垣間見ることができました。素敵な人ですね」

「ロッキー・ステップス」で両手を上げる中谷「ロッキー・ステップス」で両手を上げる中谷この記事に関連する写真を見る

 7時半を過ぎた頃から、「ロッキー・ステップス」を訪れる人の数が増した。相変わらずティムは、擦れ違う全員に、中谷を紹介する。そして4人にひとりくらいの割合で、「実は俺も、2度世界ヘビー級チャンピオンになったんだ。フィラデルフィアから誕生した"リアル"ロッキーなんだぜ」と伝え、豪快に笑った。

(第3回:中谷潤人がアメリカのマイナス面にショック 元ヘビー級王者の境遇に痛感する「ボクシングに打ち込める場所」があることの幸せ>>)

著者プロフィール

  • 林壮一

    林壮一 (はやし・そういち)

    1969年生まれ。ノンフィクション作家/ジェイ・ビー・シー(株)広報部所属。ジュニアライト級でボクシングのプロテストに合格するもケガで挫折。週刊誌記者を経て、ノンフィクションライターに。ネバダ州立大学リノ校、東京大学大学院情報学環教育部にてジャーナリズムを学ぶ。アメリカの公立高校で教壇に立つなど教育者としても活動。著書に『マイノリティーの拳』『アメリカ下層教育現場』『アメリカ問題児再生教室』(以上、光文社電子書籍)、『神様のリング』『進め! サムライブルー 世の中への扉』『ほめて伸ばすコーチング』(以上、講談社)などがある。

【写真】中谷潤人がティム・ウィザスプーンと巡る、映画『ロッキー』の地フィラデルフィア

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