検索

井上尚弥の「12月世界戦の挑戦者候補」アラン・ダビ・ピカソは"世界王座"と"ノーベル賞"を狙う「二刀流」甘いマスクの秀才ボクサー (2ページ目)

  • 杉浦大介●取材・文 text by Sugiura Daisuke

【「世界王者が最優先だけど、ノーベル賞を取るのも夢のひとつ」】

神経科学の分野も追求したいというピカソ photo by Sugiura Daisuke神経科学の分野も追求したいというピカソ photo by Sugiura Daisuke

 ピカソが井上の主要な対戦者候補になっていること自体は理解できる。メキシコの名門サンフェルプロモーションの傘下選手として、戦績はここまで32勝(17KO)1分と立派なもの。身長173cm、リーチは178cmとスーパーバンタム級にしてはサイズに恵まれており、インサイド、アウトサイドの両方で戦える多才さも備えている。

 昨年8月、井上とのスパーリング経験もあるアザト・ホバニシャン(アルメニア)とのWBCシルバータイトル戦で完勝した経験もある。それに加え、メキシコでも最難関とされるUNAM(メキシコ国立自治大)に在学し、神経学を学んでいる知性派ボクサーというバックグラウンドも面白い。

「学士号(バチェラー)を12月下旬に卒業予定だ。ボクシングに貢献し、神経科学の視点から競技や選手たちをサポートできたらと思っている。今は世界チャンピオンになることが最優先だけど、将来的には神経科学の分野でも何かしらのインパクトを残したい。ノーベル賞を取るのも夢のひとつだ」

 間近で見ると子どものようなベイビーフェイスであり、世界王者になれば人気者になりそうなポテンシャルを感じさせる。"世界王座"と"ノーベル賞"を狙う甘いマスクの秀才ボクサー。ほとんどボクシング漫画のキャラクターのようなプロフィールであり、サンフェルが大事に育てるのも納得がいく。

 基本に忠実なボクシング自体も発展途上ではあるのだろう。まだかなり華奢だが、もう少し身体ができてくれば、メキシカン特有の左ボディを軸により筋金の入った戦い方ができるかのかもしれない。同国人のWBO世界フェザー級王者ラファエル・エスピノサが29歳で世界を獲ったような例もある。それと同じように、キャリアを重ねるにつれてたくしくなる可能性はある。

 サンフェルがここでの井上戦をうかがっている背景には、すでに指名挑戦者になったという立ち位置ともに、年齢的にも伸び盛りのピカソのアップサイド(伸びしろ)への期待感があるに違いない。ピカソ本人も、予想外に苦しんだ亀田戦を糧にまだまだ成長できることを強調していた。

「ボクシングでも人生でも、学ぶべきことは常にある。この試合は間違いなく、自分にとって価値のある教訓を与えてくれた。それを持ち帰ってジムで取り組めるのは大きいし、次に戦う相手(=井上)は全く違うスタイルになるだろうけど、それでも今日得たものはすごく重要だ」

 ただ......大舞台での開花を期待するにしても、よりによって井上が相手ではやはり厳しい。一時は井上が5月に行ったラスベガス戦の対戦相手としても最有力候補に挙げられながら、結局は陣営の意向で流れたのも今なら同意できてしまう。少なくとも現状では、まだテストマッチを何戦か重ねるのがベターな段階ではないか。

「井上を倒すための秘密なんてない。特別な秘密兵器があるわけじゃなくて、大事なのは学ぶことだ。学び続けて、成長する――それが自分の目指すところ。武器がないわけじゃない。特に長い距離での戦いや、ボディへの攻撃は井上にとって厄介なものになると思っている。あとは、それらの武器をどう磨いて、どう生かしていくかだ」

 ピカソは、一刻も早く井上戦を実現させたい様子でそう語った。サンフェルはここで手塩にかけてきたプロスペクト(有望株)の世界戦にゴーサインを出すのかどうか。今では世界中の強豪から狙われる立場になった井上の陣営は、このメキシコの刺客の現在の力をどう見ているのか。そして、12月の試合がサウジアラビア開催であれば"リヤドシーズン"の主催者であるトゥルキ・アルシェイク長官の考えも大きく働くはずだけに、その意向も気にかかる。

 9月にムロジョン・アフマダリエフとの防衛戦戦が控えている今、まだ少々気が早いのも事実。ただ、常に一歩、二歩先が注目されるのが最強王者の常である。"モンスター"の"年末のダンスパートナー探し"は、まだまだ波乱含みのものになりそうな予感が濃厚に漂い始めている。

著者プロフィール

  • 杉浦大介

    杉浦大介 (すぎうら・だいすけ)

    すぎうら・だいすけ 東京都生まれ。高校球児からアマチュアボクサーを経て大学卒業と同時に渡米。ニューヨークでフリーライターになる。現在はNBA、MLB、NFL、ボクシングなどを中心に精力的に取材活動を行なう

2 / 2

キーワード

このページのトップに戻る