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日本ボクシング世界王者列伝:鬼塚勝也 徹底的な自己表現とストイックさで人生を走り続ける「スパンキーK」 (3ページ目)

  • 宮崎正博●文 text by Miyazaki Masahiro

【痛恨のTKO負けで王座陥落。そして引退】

最初から最後まで自身の信じた道を走り続けた鬼塚(写真はカストロとの3度目の防衛戦) photo by Jiji Press最初から最後まで自身の信じた道を走り続けた鬼塚(写真はカストロとの3度目の防衛戦) photo by Jiji Press

 世界チャンピオンになってからの鬼塚は、まずは快調な足取りで防衛戦をこなす。初防衛戦でTKO勝ちした松村謙一(加古川神戸)は世界挑戦4度目のベテラン。次の挑戦者、"モンストラオ"(怪物)という異名を持つアルマンド・カストロ(メキシコ)は信じられないほどに打たれ強いタフガイだったが、最大11ポイント差をつける大差判定勝ち。

 だが、V3戦以降は厳しい戦いの連続だった。林小太郎という名前で京都のジムに所属していた林在新(韓国=リム・ジェシン)、タノムサクとの再戦、さらに一撃強打に定評があった李承九(韓国=リ・ソンク)とクロスファイトが続く。いずれの試合もホームタウン・デシジョンとの厳しい声も上がった。判定など見方次第とわかっていても、だれもが認める世界一のボクサーになりたかった青年にとって、あまりにも苦い評価だったろう。そんな心の成り行きがつぶさに反映されたのが、6度目の防衛戦だった。あまりに悲壮な戦いだった。

 1994年9月18日。挑戦者の李炯哲(韓国=リ・ヒョンチョル)はタフな武闘派で、厳しい打撃戦を得意にする。鬼塚はそんな李を相手に、まったく足を使わなかった。真正面からの打ち合いを自ら望んだ。チャンスとピンチが再三にわたって交錯する打撃戦の果てに迎えた9ラウンドだ。李の右ストレートに効かされ、長大なラッシュの嵐に直面した。打ちまくられること80秒間。グロッギー状態だったが、鬼塚は倒れることを拒んだ。すでに危険な段階に進んでいた戦いを、やっとレフェリーが止めた。9ラウンド2分55秒のことだ。

 鬼塚は病院に直行、入院する。翌日、網膜剥離を理由に引退を発表した。眼疾はむろんながら、この試合で負ったダメージを考えても、適切な判断だった思う。

 5年後、福岡市内にボクシングジム『スパンキーK・セークリット・ボクシングホール』をオープンさせる。選手の指導とともに、画家としても活動し、何度も個展を開いている。

 この4月、福岡県立美術館で『鬼塚勝也ファイティングアート展』が開催された。この原稿を書く前、そのオープニングで開催されたトークショーをYouTubeで確認する。かつての戦友、片岡鶴太郎とともに登壇した鬼塚は、絵画の話題の中にボクシングにかけた情熱をこう織り込んだ。

「自分の才能を感じたことは一度もない。だけど、なれる、なれないじゃなくて、これしかないと思ってやってきたから世界チャンピオンになれたのだと思う」

 ボクシングであっても、絵画であっても、自分自身の限界をえぐりとるまで挑み続ける。

 鬼塚勝也。やっぱり、カッコいいぜ。

徹底的にこだわる独自のセンスは引退後の活躍の場を広げ、画家としても活躍中だ photo by Jiji Press徹底的にこだわる独自のセンスは引退後の活躍の場を広げ、画家としても活躍中だ photo by Jiji Press

Profile
おにづか・かつや/1970年3月12日生まれ、福岡県北九州市出身。本名・鬼塚隆。小学生で世界王者を目指すことを決意。豊国学園高校2年生でインターハイ優勝。高校卒業後に協栄ジムからプロに転向した。1988年4月18日に初回KO勝ちでプロデビュー。同年、東日本新人王、翌春には全日本新人王戦も制した。1990年10月15日、老練な中島俊一(ヨネクラ)を破って日本スーパーフライ級タイトル獲得。1992年4月10日、タノムサク・シスボーベー(タイ)と空位のWBA世界同級王座を争い、判定勝ちで世界王座奪取。5度の防衛後、李炯哲(韓国)にTKOで敗れた一戦がラストファイトになった。右利きのボクサーパンチャー。身長、リーチとも173cm。25戦24勝(17KO)1敗。現在はボクシングジムの経営とともに画家としても活動している。

著者プロフィール

  • 宮崎正博

    宮崎正博 (みやざき・まさひろ)

    20歳代にボクシングの取材を開始。1984年にベースボールマガジン社に入社、ボクシング・マガジン編集部に配属された。その後、フリーに転身し、野球など多数のスポーツを取材、CSボクシング番組の解説もつとめる。2005年にボクシング・マガジンに復帰し、編集長を経て、再びフリーランスに。現在は郷里の山口県に在住。

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