方向音痴がキッカケで世界王者へ 晝田瑞希は女子0人のボクシング部に「本当に入るとは考えていなかった」 (2ページ目)

  • 篠崎貴浩●取材・文 text by Shinozaki Takahiro
  • 田中亘●撮影photo by Tanaka Wataru

――世界王者になった時の、ご家族の反応はいかがでしたか?

「家族は『これで引退』と思っていたみたいです(笑)。そもそも、世界戦が決まったことを伝えた時も、『ベルトを獲ったら終わり?』みたいな感じでしたから。もちろん応援はしてくれていますが、やはり心配なんでしょうね。でも私は、世界王者になっても満足していないし、まだまだ上があると思っているので『もうちょっとやる』と言いました」

――街中で声をかけられることも増えましたか?

「ありがたいことに、最近は地元の岡山のテレビなどが取り上げてくれて、帰省した時には『頑張って』と声をかけてもらうこともあります。岡山では、髪がピンク色で鼻ピアスをしていると目立ちますから、それで覚えてもらっているのかもしれませんね。すれ違った子供が、ちっちゃい声で『うし......』と言って去っていったこともありました(笑)。東京ではわりと普通でしょうが、地元の友達などは"宇宙人"だと思っているんじゃないかと」

【高校内で迷う→ボクシング部に入部】

――晝田選手のルーツをお聞きしたいのですが、子供の頃のスポーツ歴は?

「いろいろやりましたが、1番長かったのは器械体操です。5歳くらいから小学6年生までやっていました」

――勝利後にやるバク宙は、その時に身につけたんですね。

「振り返ると、ただ楽しく習っていた感じですけどね。追い込むまで練習をしていたわけではありません。中学ではバスケ部に入りましたが、そこでも全国大会などを目指していたわけではありませんでした」

――運動神経抜群な印象がありますが?

「よくそう言われるんですが、球技は下手です。走るのは速くて、部員が少なかったので一応はレギュラーでしたが、バスケもうまくはなかったですね。ポジションはガードかシューティングガードだったのに、利き腕じゃない左手でドリブルすることもできませんでしたから」

――ボクシングではサウスポーですが、右利きなんですか?

「ボクシングだけは、たまたまサウスポーになったんです」

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