勝ち負けに執着しなかった伊調馨が、「勝ち」にやりがいを見出した (3ページ目)

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

「孤高の求道者」である伊調はこれまで、「勝ち負けに執着しない」「勝敗はあとから勝手についてくる」と、勝負より技術を追いかけてきた。だが、今は「勝つことにやりがい」を見出し、「勝ちにいくための練習」をしているという。

 すべては、パワハラ問題で苦しんだときに支えてくれた人たちへ、少しでも恩返ししたいという気持ちからだ。

「『自分がレスリングをすることで、自分勝手なんじゃないか、わがままじゃないか』と悩んで自問自答していたとき、『やりたければ、やってみたらいい』と背中を押してくれた家族、友人、ALSOKの仲間に喜んでもらいたい......」

 だからこそ、「勝たないと意味がない」。

 東京オリンピック予選のスタートとも言える12月の天皇杯全日本選手権において、伊調が挑む57キロ級で最大のライバルとなるのは、川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)であろう。10月23日、川井は世界選手権の59キロ級で優勝を果たした。伊調は「梨紗子はオリンピック階級ではない59キロ級に出場しているので参考にならない」としながらも、川井の成長を認めている。

「オリンピックチャンピオンとしてのプライドや、負けられないという意地もあるし、自分が引っ張っていかなくては、という責任もある。梨紗子なりにプレッシャーを感じているなかで、進化しなければいけないのはわかっているはず。リオのときの自分では、今の梨紗子には勝てない。今回、世界チャンピオンになって調子づいてくれたら、私としてはチャンスかな......なんて。ポジティブに考えて(笑)」

 そう言って笑ったが、そのあとに続けて語った伊調の言葉には、余裕や自信を超越した、前人未到のオリンピック5連覇に挑む絶対女王のすごみが感じられた。

「全日本までに、最高の状態をつくりたい。でも、もしやるだけやって、それで負けても、課題が見つかれば次につなげやすい。何が足りないのか、戦い方とか見えてくればいい。ここで負けても、終わりじゃない。

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