【国際プロレス伝・最終回】夢は続く。アニマル浜口「国際魂」の叫び (4ページ目)

  • 宮崎俊哉●取材・文 text by Miyazaki Toshiya
  • 佐野美樹、原悦生●撮影 photo by Sano Miki, Hara Essei

 おかげさまで「ミスター東京シニア部門」で優勝することができ、僕は改めて考えました。「俺のジムとはなんだ?」とね。そして、何日も悩み続け、ようやく答えを得ました。

「プロレスラーだったからこそ、今の自分がいる。国際プロレスで、吉原社長のもとで修行させてもらったからこそ、今の自分がある。プロレスに感謝報恩の気持ちを捧げなければならない。そのためには、プロレスラーや格闘家を目指す若者を育てよう」

 そう気づいたとき、ちょうどジムに入ってきた青年たちに話を聞くと、「プロレスラーになりたい!」と言う。僕は彼らと、プロレスラーになるための練習を始めました。当時ジムは日曜日が休みだったので、器具を片づけ、薄っぺらなマット1枚を広げて......それが、「浜口道場」のスタートです。

 それから数多くのプロレスラー・格闘家志望者が入門してくれて、厳しい稽古にも耐えて巣立っていきました。今では道場出身のプロレスラー・格闘家が50名を超えるとともに、ジムの奥に常設した道場では常時20名前後が一生懸命、稽古に励んでいます。もちろん、娘の京子も道場で鍛えましたし、他にも女子格闘家や女子プロレスラーも誕生しています。

 京子は世界選手権で5回優勝、オリンピックに3大会連続出場して銅メダル2個を獲得。さらには男女を通じて歴代最高となる全日本選手権優勝16回という、とてつもない大記録を打ち立ててくれました。同時に、浜口道場出身のプロレスラー・格闘家はそれぞれのリングやマットで必死にがんばって、今ではスター選手になっています。また、選手だけでなく、ジム・道場で僕を支えてくれるスタッフもいます。倅(せがれ)の剛史は今もレスリング社会人大会などに出場してレスリングや格闘技を学び、私を助けて道場生たちを指導しています。ジムのもうひとりのコーチ、瀬川修一は道場生たちの悩みを聞くなど相談相手となり、道場を盛り上げてくれています。

 そんな彼らの姿を見ると、僕は「自分を育ててくれた吉原社長に、少しは恩返しができたかな」と思うんです。京子や剛史、道場生は言ってみれば、吉原社長の孫弟子ですから。

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