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【男子バレー】石川祐希への仲間の信頼は絶対に揺るがない 「彼がこのチームをつくってきましたから」 (3ページ目)

  • 坂口功将●取材・文 text by Kosuke Sakaguchi

【日本で見せたことがない姿】

 振り返れば、2015年のワールドカップで一躍ブレイクを果たして以降、石川の成長に歩調を合わせるかのように、日本代表も飛躍を遂げてきた。やがて石川に続くように、西田有志(大阪ブルテオン)や髙橋ら新たな才能が台頭し、チームとしても個々としても世界トップレベルの力を備えていった。

 2024年のパリ五輪前には世界ランキングで過去最高の2位に達し、堂々のメダル候補として参加する。だが、結果は準々決勝で敗れて最終7位に終わり、2028年のロサンゼルス五輪でメダルを、それも金メダルを獲得する思いを強めて、再び歩みを進めた。

 その挑戦権を手にする最初のチャンスが、今回のアジア選手権だった。

 春先から夏に行なわれたネーションズリーグでは、大会史上初となる予選ラウンド全勝を達成。決勝トーナメントの準決勝で敗れて4位で終えたものの、自国開催のアジア選手権に向けて機運は高まるばかりだった。

 そうして迎えた大会本番。初日のオマーン戦で石川は、さっそくチーム最多タイの19得点を挙げて白星発進へ導く。続くバーレーン戦も石川は、髙橋の最多19得点に次ぐ12得点。

 予選ラウンド全勝突破を決めた3戦目のオーストラリア戦は、途中でベンチに下がり5得点に終わったものの、小野寺は「まだまだ上がるんじゃないですかね。パス、サーブ、スパイク、どれももう少しできると思いますし、これからトーナメントが始まっていけば、さらにパフォーマンスを上げていくでしょう」と、盟友に信頼と期待を寄せていた。

 その言葉どおり、決勝トーナメントに入ってからも、準々決勝のインド戦では12得点、準決勝の韓国戦ではチーム最多の15得点をマークするなど、石川は勝利に貢献し続けた。

 本人は「誰が出ても活躍することで、このアジア選手権を制することができた。仲間に感謝したい」と口にしたが、やはり「このチームを『つくってきた』のは石川祐希」と誰もがうなずく存在感だった。

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