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【男子バレー】正真正銘のワールドクラス、ブリザールが日本でのプレーを選択した理由 (2ページ目)

  • 井川洋一●取材・文 text by Yoichi Igawa

【「妻も自分もずっと日本に興味を抱いていた」】

 ブリザール自身、試合中や試合後のインタビューでは、真剣な眼差しと愛らしい笑顔を垣間見せる。そんなトッププレーヤーの人柄にも触れてみたいと思い、春を感じる4月のある日、パナソニック アリーナを訪れた。

 約束の時間よりも少し早くコートに現れたブリザールには、聡明な第一印象を受けた。真顔でじっとこちらを見つめながら、企画の趣旨と最初の質問──いつもどおりに来日の理由から──を注意深く聞いている。

「パリ五輪で連覇を遂げてから、実は少し苦しんでいたんだ」とブリザールは切り出した。フランス語の訛りがほとんどない英語で、明快な言葉を発する。

「地元開催の五輪で金メダルを維持するために、文字どおりすべてを出し尽くした。だから目標が達成されてからは、それまでと同じモチベーションを保つのが難しくなっていたんだ。同じルーティンでも、以前のように身が入らなくなっていったというか。

 だから、何か変化が必要だと感じたんだ。バレーボールだけでなく、生活をするうえでも。そんな時に、大阪ブルテオンからオファーをもらった。即座に快諾したよ。なぜなら、妻も自分も日本のことにずっと興味を抱いていたからね」

 そこには彼がフランス代表の一員として、同国史上初の金メダルを獲得した思い出の国だからという理由もあるのだろうか。

「いや、それはどうかな」とブリザールは返答する。自らに揺るぎない芯を持っているひとは、容易く同意したりしない。

「ただ、(ロラン・)ティリ監督(21年の五輪優勝監督にして元ブルテオン監督。現在は日本代表を率いる)の存在は大きかったかもしれない。ティリさんはすっかり日本と恋に落ちていて、僕に日本とブルテオンのすばらしさをたくさん教えてくれた。そして監督も僕も、日本での美しい記憶を持っている。

 東京五輪を含め、アジアに遠征する時は大体いつも沖縄で合宿していたからね。東京五輪で優勝した時のことは、もちろん最高の思い出だ。それが移籍の直接的な動機になったかどうかはともかく、あの場所に戻ることができ、妻に自分が過ごしたオリンピック・ヴィレッジを案内できたのは、最高の経験になったよ」

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