2021.03.07

大友愛が明かす全日本離脱の真相。面談でも監督に「あなたとはやれません」

  • 中西美雁●取材・文 text by Nakanishi Mikari

『特集:女性とスポーツ』第6回
バレーボール大友愛 インタビュー(前編)

 ロンドン五輪の女子バレー日本代表メンバーとして活躍した大友愛(現:秋本愛)。2000年代前半から日の丸を初めて背負うようになったが、アテネ五輪の前年度に代表を"離脱"する。大友本人に、その経緯とその後について聞いた。

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ロンドン五輪での銅メダル獲得に貢献した大友 photo by Ishijima Michi――バレーを始めたきっかけから聞かせてください。

「友達のお姉ちゃんに誘われて、中学校のバレー部に入ったのがきっかけです。入学時にはすでに身長が高かったので、『バスケ部に入らない?』とも声をかけられましたが、接触があるのが怖いなと。頭をよぎったバドミントン部も新入部員が多く、『実際に練習できるのは3年生ぐらい』と言われたので、仲が良かった友達も入るバレー部に決めました。あまり夢がない始まりですね(笑)」

――卒業後は仙台育英学園高校でプレーしましたね。

「中学の時から私はミドルブロッカーで、卒業前に同じ宮城県の強豪で全国常連の古川商業(現・古川学園)さんからも声をかけていただいたんですが、当時の私は背が高いだけだったのでうまい選手の中で埋もれてしまうのでは......という不安がありました。そんな時に、バレー部の監督さんから『仙台育英はコンビバレーや、クイックなどもイチから教えてくれる。愛は高校でバレーを終えるような選手じゃないから、いろんな技を覚えるといいんじゃないか』とアドバイスをもらいました。

 仙台育英も県内の強豪校なんですが、見学に行くとバリエーション豊かな練習をしていましたし、当時は中国の選手もいて『グローバルな感じもかっこいい』と思いました。また、監督さん自身がボールを打って指導をしていて、そういう"熱さ"が『すごく素敵だな』と思って仙台育英に決めました。のちに私の武器になる『ワンレッグ攻撃』も高校時代に教えてもらい、"大友愛"という選手の土台ができました」