2020.11.04

新鍋理沙「気持ちが折れた」。失意の代表辞退から2年、全日本に戻った理由

  • 中西美雁●文 text by Nakanishi Mikari

女子バレー稀代のオールラウンダー
新鍋理沙が歩んだ道(5)


 元女子バレー日本代表・新鍋理沙のバレー人生を、本人の言葉と共に辿る短期連載。第5回は、ロンドン五輪後の代表辞退と、中田ジャパンでの復帰について聞いた。

今年の6月に現役引退を発表した新鍋  photo by Kimura Masashi ロンドン五輪後のVリーグで、新鍋理沙が所属していた久光スプリングス(旧久光製薬スプリングス)は、就任1年目の中田久美監督のもとで6シーズンぶりにリーグ優勝を果たした。さらにチームは天皇杯・皇后杯、黒鷲旗全大会も制して「三冠」を達成するなど、五輪で銅メダルを獲得した代表活動を含め、新鍋にとっていいことづくめのシーズンだった。

「優勝は何度か経験しましたけど、チームとして優勝したのは(学生時代も含めて)そのシーズンが初めてだったので、特にうれしかった記憶があります。リーグだけじゃなくて三冠も獲れましたし、いいことばかりでした」

 翌シーズンも久光はリーグを制覇し、新鍋はベスト6、サーブレシーブ賞、そしてMVPを受賞した。それを聞かされた時のことを、「もちろん嬉しいですけど、『え、私?』って思いました(笑)」と振り返った。

 その後、2014年度の代表では、当時の眞鍋政義監督が「MB1」「ハイブリッド6」という新戦術を次々と採用し、メディアを賑わせた。MB1は、従来ならコート上に2人いるMB(ミドルブロッカー)をひとりにして、サイドアタッカーを増やすという戦術だ。

 ハイブリッド6はそのMB1をさらに複雑にした形で、ミドルブロッカーが0人、もしくは2人になる場合もあった。通常ミドルブロッカーが担うセンターブロックを、当時のセッター・宮下遥が跳ぶこともあった。選手が複数のポジションでプレーするようになり、慣れない動きに苦労した選手も多かったようだが、新鍋は「面白い」と思っていたという。

「勝つために、いろんな新しい戦術を考えながらやっていたから、すごく新鮮でした。セッターの遥がセンターブロックをやっていたのも、高身長(177cm)でブロックが強い遥だからできたこと。戸惑いもありましたけど、『こんなバレーもできるんだ』と思っていました」