2020.05.18

柳田将洋が初W杯でまばゆい輝き。
世界的「ビッグサーバー」が誕生した

  • 高井みわ●取材・文 text by Takai Miwa
  • 坂本清●撮影 photo by Sakamoto Kiyoshi

東京五輪&パラリンピック
注目アスリート「覚醒の時」
第6回 バレー・柳田将洋 
「ビッグサーバー」として台頭したW杯(2015年)

 アスリートの「覚醒の時」----。

 それはアスリート本人でも明確には認識できないものかもしれない。

 ただ、その選手に注目し、取材してきた者だからこそ「この時、持っている才能が大きく花開いた」と言える試合や場面に遭遇することがある。

 東京五輪での活躍が期待されるアスリートたちにとって、そのタイミングは果たしていつだったのか......。筆者が思う「その時」を紹介していく----。

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2015年のW杯で活躍した、現日本代表の主将・柳田 2015年に日本で開催されたワールドカップバレー(W杯)は、日本男子バレー界への注目度を大きく上げる転機になった。

 そのきっかっけを作った選手のひとり、現日本代表の主将である柳田将洋は、当時23歳。慶應義塾大学を卒業し、サントリーサンバーズに入団したVリーグ1年目の選手だった。バレーボールの3大大会はオリンピック、世界選手権、W杯を指すが、この年のW杯が柳田にとって初めての3大大会になった。

 柳田の最大の武器がまばゆい輝きを放ったのは、9月17日に大阪市中央体育館で行なわれたベネズエラ戦でのこと。この日、柳田は腰痛のためスタメンから外れていた。日本は先にセットポイントを握られてからの逆転で第1セットを先取(33-31)したが、続く第2セットも22-24と追い込まれる。そこでセッター・深津英臣がブロックを決め、23-24としたところで柳田がピンチサーバーで起用された。