2018.10.31

古賀紗理那に芽生えたエースの自覚。
Vリーグでも「世界を意識」

  • 中西美雁●文 text by Nakanishi Mikari
  • 坂本清●撮影 photo by Sakamoto Kiyoshi

 10月20日に閉幕したバレーボール世界選手権女子大会。その収穫について、中田久美監督は「黒後愛、そして古賀紗理那の2人が戦力として加わったこと」を挙げた。

世界選手権で中田監督の期待に応えた古賀 そのひとりである古賀は、中学3年生だった2011年にオリンピック有望選手に選ばれて以来、”次世代のエース”として注目され続けてきた。熊本信愛女学院高校では、1年次から通算3度春高に出場し、Vリーグ8チームの争奪戦の末にNECレッドロケッツに入団。高校卒業前の「内定選手」として出場した2014-15シーズンのVリーグファイナルでは、優勝候補の久光製薬スプリングスを相手に、途中出場ながら13得点を挙げて10年ぶりとなるNECの優勝に大きく貢献した。

 古賀は2015年から本格的に全日本に参加し、同年9月に行なわれたワールドカップでベストスコアラーランキング5位、ベストレシーバー部門1位に輝くなど、翌年のリオデジャネイロ五輪でも活躍が期待されていた。だが、オリンピック世界最終予選と、続くワールドグランプリで精彩を欠き、最終段階でリオ五輪のメンバーから外れてしまう。落選の理由を問われた眞鍋政義監督(当時)は、「古賀のために全日本があるわけではない」とシビアに答えた。

 2016年春に起きた故郷・熊本地震による被害を目の当たりにして、「自分のプレーで少しでも熊本の皆さんに勇気を与えたい」と古賀は語っていたが、そのことが逆に気負いとなってしまったのかもしれない。落胆した古賀に勇気を与えたのは、NECのスタッフとチームメイトたちだった。「本当に温かく迎え入れてくれて、あらためてこのチームでよかったと思いました」と奮起。この年のVリーグでNECは2年ぶりの優勝を果たし、古賀はMVPを受賞した。

 2017年に発足した”中田ジャパン”の一員として再び全日本に招集された古賀は、チームの求める”速いバレー”に適応しようと必死にトレーニングに取り組んだ。しかし、ブラジル相手に金星を挙げたワールドグランプリなど、サーブレシーブを免除された”打ち屋”としての起用が多かった。続くアジア選手権ではコンディションを崩し、この年の集大成となるグランドチャンピオンズカップではまたメンバーを外れてしまう。その後、翌年のネーションズリーグで再度復帰、そしてアジア競技大会でメンバー外と、浮き沈みの激しい時期を過ごしていた。

 中田監督の古賀に対するビジョンが見えないままに世界選手権が始まると、一転して古賀はほとんどの試合でスタメンに名を連ねた。サーブで日本が崩された場面でもコートに残り、苦しいトスが集まる場面を多く経験。日本は6位で大会を終えたが、古賀はベストスコアラー5位、ベストレシーバー4位にランクインし、本来のオールラウンダーとしての輝きを取り戻した。