錦織圭の「ロウソクの火」は20歳・坂本怜に受け継がれていく「ほかの選手に負けるよりよかった」 (2ページ目)
【錦織はあまりの成長に驚いた】
190cm超えの長身ながら、当時の坂本はどちらかといえば守備の人。「粘れるのが僕の強み」と公言していたが、後に本人が明かしたところによれば「もともとチキン」。つまりは、ミスのリスクを負って攻めるのが怖かったというのだ。
一方で錦織も、当時の坂本について「練習で打ち合っても、ストローク戦にならなかった」と振り返ったことがある。
世界中の猛者が集うツアーでは、守っていては勝てないことを、錦織は誰よりも知る。坂本にかけた「攻めてこられたら、僕は嫌だな」の柔らかな言葉の真意は、「攻めなくては生き残れない」という、厳格なメッセージでもあったのだろう。
ふたりの邂逅から、約1年半後の2024年1月。坂本は全豪オープンジュニア部門で、並み居る同世代の強豪を破り頂点に立った。タイトルを手にIMGアカデミーに戻ってきた坂本と久々に練習した時、錦織はあまりの成長に驚いたという。
「ストロークが力強いし、ミスも少ない。ちょっとのきっかけで、あんなに強くなるんだ」
別人かと思うほどに、坂本のプレーは激変していた。
なお、攻めを恐れていた自称「ビビラー」にとっての転機は、2023年秋の日本で、内山靖崇に完敗を喫したことだという。この試合での坂本は、内山の矢継ぎ早の攻めの前に、手も足も出なかった。
「守っていては、勝てないどころか、試合にすらならない」
その敗戦の衝撃が、彼のテニスを超攻撃型へと方向転換させる。ちなみに内山も、盛田ファンドの支援を受け、IMGに渡った先達のひとりだ。
ここ数年、錦織は坂本との練習試合で、勝てていなかったという。その事実は、今回の公式戦初対戦が決まった時に、錦織の脳裏をよぎった。
「ずっと勝てていなかったので、それも試合前に心配していた部分。彼が強いのは、この1、2年ずっと感じていました」
試合後の会見で、錦織はそう明かした。
対する坂本の頭には、練習試合に基づく優位性は一切なかったという。
「負けてもともとの気持ちで入っていた。やっぱり経験しているものが違う。ラストシーズンなので、気合入れてやってくるだろうなとも思っていた」
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