「私の父も、ボールキッズをやっていたんです」加藤未唯が混合ダブルス優勝で手にしたボールガールからの笑顔の言葉

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

 両手を突き上げ、紺碧の空を仰ぎ見る彼女の胸に去来したのは、歓喜か、感慨か、それとも安堵だったろうか──。

 身をひるがえし、大きく息を吐き出すと、パートナーのティム・プッツ(ドイツ)とかたく抱擁を交わした。

 全仏オープン、混合ダブルス優勝。それは加藤未唯にとって、いくつもの「チャレンジ」と「精神的な困難」を経た末にたどり着いた、このうえない大会のフィナーレだった。

表彰式でようやく笑顔を見せた加藤未唯表彰式でようやく笑顔を見せた加藤未唯この記事に関連する写真を見る 女子ダブルス3回戦での出来事は、もはや詳しい説明は不要だろう。試合のポイント間に加藤が相手コートへ返したボールが、バウンドすることなくボールガールに当たる。これが"危険な行為"と見なされ、失格となった。

 この時点で、あるいは混合ダブルスの出場権も、剥奪されたかもしれない。ただ、大会側やWTA(女子テニス協会)の配慮もあり、混合ダブルスには引き続きの出場が許された。

 混合ダブルスの3回戦が行なわれたのは、女子ダブルスで失格となった翌日。しかも試合が組まれたのは、前日と同じコートだった。

 試合の準備を進めながらも「もう日本に帰りたい」の思いに襲われる。同時に「それではいけない。同じコートで試合をしてこそ、自分のプラスになる」と、己を鼓舞する声も胸に響いた。

 葛藤の末に、最終的に勝ったのは後者の声。それでも前日は食べるものも喉を通らず、試合の日も「朝のアップの時まで気持ちが入らない」状態だった。

 その時、加藤に寄り添い、「長いハグで気持ちを整えさせてくれた」のが、パートナーのプッツ。

「本当に、彼には助けてもらって感謝しています」

 そのような言葉を、彼女は今大会中に、幾度も口にした。

 人間性も、そしてプレー面でも加藤が全面的な信頼を寄せるプッツだが、ペアを組むのは実は今回が初めて。それどころか、ふたりは直前までそれぞれ違うパートナーと組むはずだった。

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プロフィール

  • 内田 暁

    内田 暁 (うちだ・あかつき)

    編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。2008年頃からテニスを追いはじめ、年の半分ほどは海外取材。著書に『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)など。

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