大坂なおみに飛んだ「ヤジ」を考える。彼女が流した涙は「メンタルの弱さ」だけで片づけてはならない (2ページ目)
忌まわしき2001年の暗い記憶
そして、不運にも大坂にとって、この大会のセンターコートで浴びせかけられる「ヤジ」は、ある特定の記憶を呼び起こす"トリガー"だった。
そのことを観客やテレビを視聴している人々が知ったのは、彼女が試合直後にマイクを使い、オンコートで話す機会を得たときだろう。
「ヤジにこれだけ打ちのめされたのは、ビーナスとセリーナが、ここでヤジられた動画を見たことがあるから。もし見たことがなかったら、見てほしい。この時の様子が、私の頭の中で繰り返し再生されたの」
大坂が涙ながらに訴えた「ビーナスとセリーナへのヤジ」とは、この地に染み込む暗い記憶だ。
話は、2001年までさかのぼる。
この年の同大会の準決勝は、当時圧倒的な支配力を誇ったビーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹の対戦になるはずだった。ところが試合直前に、姉のビーナスが棄権を表明。期待のカードが幻と化したことに腹を立てたファンは、翌日、決勝戦のコートに立つセリーナに執拗なブーイングを浴びせ続けたのだ。
この観客の蛮行に対し、姉妹の父リチャードは「人種差別だ」と激昂。その後14年間にわたり、ウィリアムズ一家はこのインディアンウェルズの会場に足を踏み入れることがなかった。
実はこの事件こそが、セリーナを敬愛してやまぬ大坂が、憧れたきっかけでもある。
「あの試合の動画を見て、ブーイングを浴びながらも勝ったセリーナの姿に、ものすごく感動した。私もジュニアの試合で、対戦相手の友人や家族から心ない言葉を浴びせかけられ、自分のプレーが全然できずに負けたことがあるの。だからこそセリーナの姿が、私には大きな励みになった」
そのように大坂が話してくれたのは、彼女がまだ16歳の時のこと。
観客の敵意を跳ねのけ戦うセリーナの雄姿に、幼い大坂は自分を重ねていた。だが、同じコートで自身に悪意が向けられた時、大坂の頭に蘇ったのは、試合後に父の胸に顔をうずめ泣きじゃくるセリーナだったのだろう。
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