2020.03.01

シャラポワ、草津から始まった
栄光への足跡。最後まで貫いた己の美学

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

 彼女が生まれたのは、シベリア西部の人口5万人ほどの小さな町だった。

冬は長くて寒く、10月には気温は零下へと突入する。マイナス30度にも達する極寒の季節を経て、遅い雪解けを迎える4月19日に、彼女はこの世に生を受けた。

32歳で現役引退を表明したマリア・シャラポワ その凍土の町・ニャガンは、現在のベラルーシに住んでいた若い夫婦がチェルノブイリの原発事故から逃れ辿り着いた地である。そして夫婦は娘が4歳になった時、黒海に近いソチへと移った。

 この比較的温暖なリゾートの町で、父のユーリーは「テニス」というスポーツを知る。そして娘にもラケットを握らせた彼は、何時間も一心不乱に壁打ちを続ける娘の姿に、とてつもない可能性を見いだした。

 漠然と思い描いた成功の未来像が、なかば狂気とも言える"アメリカン・ドリーム"に向けて走り出したのは、娘がまだ6歳の日のこと。モスクワを訪れた往時のスタープレーヤー、マルチナ・ナブラチロワからかけられた「この子は才能がある。もっといい環境を与えるべき」のひと言が、夢への片道切符となった。