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ラグビー日本代表に19歳で呼ばれた「無名の逸材」小野晃征 ニュージーランドで育った「逆輸入ラガーマン」の軌跡 (3ページ目)

  • 斉藤健仁●取材・文 text by Saito Kenji

【2015年「ブライトンの奇跡」】

 そして2015年、小野にとって2大会ぶり2度目のワールドカップ。チームの司令塔「10番」として臨む初戦の相手は、優勝候補の南アフリカだ。

 19歳で初めて日本代表スコッド入りした小野も、多くの経験を積んで28歳となった。相手が南アフリカであろうとも冷静にゲームをコントロールし、後半33分までピッチでチームを牽引する。

「エディーが思っているすべてのことが、自分の頭に入っていたと思います。自分とハル(立川理道)が理解していた。ランとパスでボールを動かすなか、とにかくスペースがあったらキックを蹴るプランでした」

 小野が巧みにキックで揺さぶったことによって、南アフリカが次第に焦っていったのは間違いない。34-32で歴史的勝利を飾った「ブライトンの奇跡」は、小野の司令塔としての真骨頂が見えた試合だった。

 小野は3戦目のサモア戦、4戦目のアメリカ戦でも10番を背負い、チームを勝利に導いた。勝ち点差で惜しくも決勝トーナメント進出は逃したものの、ワールドカップでの3勝は日本代表に大きな自信を与えただろう。

 ワールドカップから帰国後、小野はこう大会を振り返った。

「みんなでやってきたすばらしいラグビーを、世界に見せることができてうれしかった! 日本ラグビーが(海外から)甘く見られなくなりましたし、ラグビーを本気にやっている国だということを見せられた」

 国内リーグでは、2012年にサニックスから強豪サントリーに移籍した早々に頂点をつかんだ。サモア代表トゥシ・ピシとSOの座を争いながら、トップリーグで初の日本一を経験。さらには日本選手権も制して2冠を達成し、2年連続でベスト15にも選ばれた。

 2016年6月のスコットランド戦を最後に、再び日本代表としてピッチに立つことはなかったが、サントリーでのプレーに集中して2016年度・2017年度もトップリーグ&日本選手権の2冠に貢献。特に2016年度は得点王にも輝くMVP級の活躍ぶりだった。

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