桐蔭学園が花園で連覇できた理由。伝統にプラスして見せた新スタイル (3ページ目)
チームでNo.8を務める佐藤は横浜RS(ラグビースクール)での中学生時代、FWではなくエースWTBだった。当時から突出した身体能力で全国的に知られており、群馬・高崎RS時代(佐藤は小学校まで高崎に住んでいた)の先輩にあたるHO(フッカー)堀越康介(サントリー/日本代表)らがプレーしていた桐蔭学園に「憧れて」高校の進学を決める。
桐蔭学園に入ると、突破力を活かしてWTBからNo.8に転向。100名ほど部員がいる強豪で唯一、1年生ながらスタメンの座を確保して花園準優勝に貢献した。
2年になると、突破だけでなくタックルにも磨きがかかり、U17日本代表に選ばれて主将も経験。1年先輩のSO/CTB伊藤大祐(早稲田大)らとともに中軸のひとりとして活躍し、桐蔭学園初の花園単独優勝を含む「高校3冠」を成し遂げた。
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桐蔭学園で過ごした3年間を振り返って、佐藤は「自分が一番成長できたと思います!」と胸を張った。4月からは「大きい選手ではないので、自分のプレースタイルに合っている大学かなと思いました。(桐蔭学園の先輩である小西)泰聖さん(2年)や(伊藤)大祐さんと一緒にプレーしたかった」と早稲田大学への進学を決めた。
身長177cm体重94kgの体格は、世界レベルで戦っていくには本人も「背丈がない」と自覚している。日本の高校生相手には負けなしだったが、今後は「FLやHOという選択肢もある。大学にいって自分の色を出せるポジションを探し、日本代表や世界レベルの選手になりたい」と目を輝かせた。
桐蔭学園ラグビー部は毎年、漢字一文字をスローガンに掲げることが恒例となっている。今季は「昨年度の優勝したチームと比べられることも多くなると思って、先輩をマネるのではなく、自分たちのスタイルを貫くという意味を込めた」という佐藤主将の言葉どおり、「貫」だった。
花園決勝では、桐蔭学園のスタイルを貫くことで連覇を飾った。佐藤には桐蔭学園での経験を糧に、早稲田大で新たな強みを見つけ、それを貫くことで、桜のジャージーまで駆け上がってほしい。
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