2019.12.07

田村優が学生SOに助言「自分なら
トップリーグの下位チームを選ぶ」

  • 斉藤健仁●取材・文・撮影 text & photo by Saito Kenji

「僕も(リーチも)ロシア代表戦で調子が悪く、リーチは先発やキャプテンから外されたりした。その時はお互い触れあう時間を多くして、『100%全開の俺たちがいないと(アイルランド代表には)勝てない』とふたりで話し合った」

 アイルランド代表戦、田村は堂々としたパフォーマンスを発揮し、リーチも前半30分からの出場で力強いプレーを見せた。その結果、世界ランキング2位(当時)の強豪に勝利した「エコパの歓喜」につながった。この金星が日本中にラグビーブームをもたらす、大きなきっかけになったのは間違いない。

 続くサモア代表とスコットランド代表も撃破した日本代表は史上初のベスト8進出を果たし、決勝トーナメント1回戦で南アフリカ代表と対戦。前半こそ3-5で折り返したものの、後半は地力の差を見せつけられて3-26で敗れた。

「このチームが大好きなので、負けたことよりも、終わった悲しさのほうが大きかった」

 明治大を卒業した2011年度、田村はルーキーながらNECグリーンロケッツの10番としてチームを日本選手権ベスト4に導き、2012年4月にエディー・ジョーンズHC(ヘッドコーチ/現イングランド代表HC)が日本代表の指揮官に就任すると同時に代表入りを果たした。それから足掛け8年、田村は日本代表チームにコミットし続けてきた。

「2012年に代表入りしましたが、2019年にワールドカップ日本開催が決まっていたので、そこまではやると決めていた」

 そうして田村が積み重ねたキャップ数は、実に63を誇る。

「W杯ベスト8という大枠の目標を作り、その次は1年で目標を立てて、それを半年、1カ月、1週間、1日と、ちょっとずつ目標をクリアしていく。大きなステップアップはなくて、結局、面倒なことをやって積み重ねていくしかない」

 目標を達成するべく、田村は長い年月をかけて邁進し続けた。

 南アフリカ代表との試合を終えたあと、田村は代表引退を示唆するかのような発言をした。

「(ジェイミー・ジャパンは過去の日本代表チームのなかで)史上最強・最高のチームであることは間違いない。8年間、日本代表に関わらせていただいた僕が、入ったときよりもいい状態で終われた。次へのバトン渡しは完了しました」