パリ五輪・女子バスケ日本代表入りへ挑む町田瑠唯 「焦り」と「楽しみ」が同居する胸の内は

  • 永塚和志●取材・文 text by Kaz Nagatsuka
  • 加藤誠夫●写真 photo by Kato Yoshio

町田瑠唯は「出遅れ」の状況打破へ、新たな挑戦が始まる photo by Kato Yoshio町田瑠唯は「出遅れ」の状況打破へ、新たな挑戦が始まる photo by Kato Yoshioこの記事に関連する写真を見る

【みんなよりは遅れている】

 延べにすればかれこれ10年、「JAPAN」のウェアを身に着けてきたはずなのに、どこか落ち着かない。実際、「緊張している」と口にした。

 町田瑠唯が、日本代表に戻ってきた。

 3年前の東京オリンピックで女子代表の銀メダル獲得メンバーとなった彼女だが、同大会後にアシスタントからヘッドコーチ(HC)に昇格した恩塚亨体制下では、1度も試合出場を果たしていない。

 タイミングが合わなかった。いや、悪かった。

 2022年夏のFIBA女子ワールドカップには、WNBAワシントン・ミスティクスでのシーズンがあったために選出されず。また2023年アジア大会と今年2月のパリオリンピック世界最終予選では候補選手になりながら、それぞれ事前のケガによって大会ロスターに入ることができなかった。

「この体育館自体がもう、緊張するというか......雰囲気というか......。いろんな選手もいてというのもありますけど、緊張もありますし、みんなよりは出遅れているので、なるべく早く追いつけるようにしたいです」

 パリオリンピックへ向けて5月上旬から始動となったナショナルトレーニングセンター(東京都北区)での強化合宿。プレーの雄弁さとは対照的に、162cmの小柄なポイントガードは多くを語るタイプではない。大勢の記者に囲まれたこともあって、もはや代名詞と言っていい「照れ」の表情を浮かべながら、町田は代表合宿に戻った思いをそう語った。

 東京オリンピックでは全6試合に先発出場。1試合での五輪アシスト記録(18)を樹立し、全体1位となる1試合平均12.5アシストを記録した町田は、大会のベストファイブにも選出されるなど、国内外の人々の脳裏に強い印象を刻むパフォーマンスを見せた。

 なのに、いや、だからからなのか、町田は東京オリンピックのあとはパリのことを考えられなかったという。真意は語っていないが、銀メダル獲得という輝かしい偉業の裏にはトム・ホーバスHC(当時、現・日本男子代表で同職)の厳しい練習とポジション争いという、心身を疲弊させる過程があったからだと想像する。

 そんな町田の代表への思いが再燃し始めたのは、WNBAに挑んでいた2022年のことだったという。世界最高峰のリーグで世界レベルの選手たちと対戦し、またチームメートたちと会話をするなかで「なぜ代表に行かないのか」「また対戦しよう」といった言葉をもらったことが、きっかけだった。

 31歳となった町田が言う。

「その時に、また違う感覚で戦えるのかなとか、挑戦してパリで戦いたい、オリンピックにもう一度出たいっていう気持ちが芽生えました」

 町田が現在所属する富士通レッドウェーブは、先月のWリーグファイナルで16年ぶりに頂点に立った。その時、チームメートでやはり今回の代表合宿に参加している宮澤夕貴は、「瑠唯さんは記者会見とかで『優勝したい』とかあまり自分から言わないんですけど、今年は『優勝する』って言いきった」と町田のことについて話した。

 これはある意味で、町田という選手を表わしている。それほど彼女は自分のことについて話すことも、強い意気込みを示すことも少ない。コート上で見せるプレーこそが彼女のもっぱらの言語だからだ。

 だが、パリオリンピックの出場について町田は「出たい」という言葉を口にした。強い思いがあるからに相違ない。

1 / 2

プロフィール

  • 永塚和志

    永塚和志 (ながつか・かずし)

    スポーツライター。前英字紙ジャパンタイムズスポーツ記者。Bリーグ、男女日本代表を主にカバーし、2006年世界選手権、2019W杯等国際大会、また米NCAAトーナメントも取材。他競技ではWBCやNFLスーパーボウル等の国際大会の取材経験もある。著書に「''近代フットボールの父'' チャック・ミルズが紡いだ糸」(ベースボール・マガジン社)があり、東京五輪で日本女子バスケ代表を銀メダルに導いたトム・ホーバスHC著「ウイニングメンタリティー コーチングとは信じること」、川崎ブレイブサンダース・篠山竜青選手 著「日々、努力。」(ともにベースボール・マガジン社)等の取材構成にも関わっている。

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る