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臼井麗香、宝塚スターからゴルファーへ
夢変更「負けず嫌いに火がついて」 (2ページ目)

  • 水野光博●取材・構成 text by Mizuno Mitsuhiro
  • 佐野隆●写真 photo by Sano Takashi

――日々厳しい練習をこなして、友だちと遊ぶこともできないわけですよね。ゴルフをやめたいとは思わなかったのでしょうか。

「それが、負けず嫌いな性格に火がついちゃって、『こんなに練習するからには、絶対プロゴルファーになる!』って、自分から言い始めたらしいです。『プロにならないんだったら、一球も打たない』とか言って。昔から、目標を決めて、そこから逆算して『意味がないな』と感じたことは、一切やりたくないタイプでした」


――小さい頃の、負けず嫌いを象徴するエピソードなどはありますか。

「小学校3年生か4年生の時の話なのですが、私は短距離が得意で、運動会の徒競走ではいつも1位だったんですね。でも、障害物競走の時に指示された物を見つけられず、2位になってしまって。自分が2番になったことを受け入れられず、校庭で大泣きしたんです。もう担任の先生がどう慰めても泣き止まず、他の生徒や保護者もドン引きするくらい泣きじゃくって。運動会が続行不可能になりそうなくらい大泣きしていたんです。本当に恥ずかしいくらい、昔から負けず嫌いだったんですよね」

――だから、どれだけ練習が厳しくても、ゴルフをやめることはなかったんですね。

「ただ、プロゴルファーになるって決めてはいましたけど、本音では(ゴルフを)やめたかったです。『こんな日がいつまで続くんだろう』って。『明日、やめる』『明日、やめる』......そう思いながら、気がついたら今日になっていた、という感覚です(笑)。

 だって、祖父に毎日怒られて、『ゴルフを楽しい』と思ったことは、一度もなかったですから。一度、口答えしたら、ゴルフ場に置いていかれたこともありましたしね。大会に参加して成績がよくても、いいスコアで回って当たり前みたいな感じで褒めてもらえないし......。それどころか、成績がよかった日でも、帰りの車の中は説教で......。それがイヤで、疲れて寝たふりをしていました(笑)」

――それでも、小、中学校時代にはさまざまな大会で優勝したり、好成績を残したりして頭角を現していきました。

「ただ、高校時代はずっと調子がよくなくて、とりあえず全国大会には出ているけど、上位争いができない時期がありました。高校1年生の時に、同い年の(勝)みなみがプロツアーで史上最年少優勝を飾って『すごい!』と思ったけど、私もできるとは思えなかったですね」

――高校卒業後に受けた最初のプロテストでは不合格でした。

「その当時はずっと調子がよくなくて、ゴルフにまったく自信が持てなかったんです。(プロテストに)このままでは『絶対に通らない』『落ちる』と思っていました。

 そう思っていましたけど、ベストは尽くしたいじゃないですか。それで、その時できることを考えたら、他の人より長く練習をすること。それしかできないと思って、朝5時半に起きてランニング。練習場で4時間、ショットの練習やトレーニングをして、そのあとパット、アプローチの練習を4時間。それが終わったら、もう1回練習場に戻ってショットの練習と、一日14時間の練習を自分に課したんです。結局、最終テストの3日目までは(合格)圏内だったんですが、その年は落ちてしまって......」

――プロテストに落ちたショックは大きかったのでしょうか。

「落ちるとわかっていましたから、落ち込みはしなかったですね。『明日からどうしよう』って、すぐに気持ちを切り替えていました。そうして、1年間努力して、もう一度プロテストを受けることを決意して。『ダメなら違う職業に就こう』と決めて、1年間練習したんです。これが最後って」

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