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ルイス・エンリケはいかにメッシやデンベレの心を掴んだのか 「反骨」の指揮官、欧州王者への道 (3ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Yoshiyuki Komiya

【「美学に酔わず、苛烈さがあった」】

 しかし一方、彼が人生を通じて示してきた不屈さは、選手への手本にもなった。スーパースターたちも、闘争が基本にある生き方には一目置いた。メディアと戦争状態も辞さない"癖の強さ"も、統率力の裏返しだったわけだ。

 MSNを編み出したのも、ルイス・エンリケが「特権は与えない」という姿勢を明瞭に打ち出せたからだった。とくにメッシに"ゴールのエゴ"を捨てさせ、チームプレーヤーの役割を再認識させ、プレーメイクもする新たな境地にいざなった点は、凡庸な監督にはなし得ないことだった。PSGでも、デンベレに猛烈なプレスを要求し、戦術を徹底させた。そこには、本人の殻を破らせられるという確信があったはずだ。
 
 ルイス・エンリケは自分のやり方、戦い方への執着が強いが、極めて合理的な思考の持ち主でもある。たとえばセルタ監督時代には、「プレーを空から俯瞰するほうがわかりやすい」と判断したら、やぐらを組ませて、その上から練習を見守ることもあった。周囲から「変わり者」と野次られても、やり通すことができたのは、超がつくほどの現実主義者だったからだろう。

 たとえ誰かと争っても、ルイス・エンリケは最短距離で勝利の答えにたどり着こうとした。スーパースターたちもそれに敬意を払ったのかもしれない。必ず正解が出せるわけではないが、反骨の先には答えがあった。

 同じくバルサで栄光に浴したジョゼップ・グアルディオラと比較されることもあるが、賢者ルイス・セサル・メノッティ(バルセロナ、アルゼンチン代表などの監督を歴任)は『レジェンドへの挑戦状』(東邦出版、ヘスス・スアレス/小宮良之 共著)のなかで、ふたりの監督マネジメントの違いを100%説明している。

「ルイス・エンリケとペップ(グアルディオラ)のバルサは同じように語られることもあるが、似ても似つかない。ルイス・エンリケのチームは闘争心を前面に押し出し、特別な瞬間(MSN)を動力にしていた。美学に酔わず、苛烈さがあった。しかしペップは"ボールを用いて何をするか"を重視し、その想像力を失っていない。美学があり、知的な無限さがあった」

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