ルイス・フィーゴ「禁断の移籍」バルサ→レアル・マドリードの真相は闇の中
世界に魔法をかけたフットボール・ヒーローズ
【第3回】ルイス・フィーゴ(ポルトガル)
サッカーシーンには突如として、たったひとつのプレーでファンの心を鷲掴みにする選手が現れる。選ばれし者にしかできない「魔法をかけた」瞬間だ。世界を魅了した古今東西のフットボール・ヒーローたちを、『ワールドサッカーダイジェスト』初代編集長の粕谷秀樹氏が紹介する。
第1回のエリック・カントナ、第2回のジャンフランコ・ゾラに続き、第3回に選んだ選手は、ポルトガルの黄金世代を代表するルイス・フィーゴ。バルセロナからレアル・マドリードへの「禁断の移籍」でも世界を揺るがせた男のフットボーラー人生とは──。
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ルイス・フィーゴ/1972年11月4日生まれ、ポルトガル・リスボン出身 photo by AFLO 1990年4月、17歳の時にポルトガルの名門スポルティング・リスボンでプロデビューし、翌シーズンは早くも右ウイングのレギュラーに定着。ルイス・フィーゴはフットボーラーとして上々のスタートを切った。
ポルトガル代表でも、ルイ・コスタ、パウロ・ソウザ、ジョアン・ピント、フェルナンド・コウトらとともに「ゴールデン・ジェネレーション(黄金世代)」と呼ばれ、1989年は17歳以下のヨーロッパ選手権を制し、1991年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)も優勝している。
タッチラインを直線的に切り裂くスピードこそなかったが、重心の低いドリブルとキレ味鋭い切り返しでDFを無力化した。創造性とキックの精度、得点能力などいずれもがトップランク。「ポルトガルだけではなく、世界をリードしていく逸材」と嘱望されていた。
ルイ・コスタがフィオレンティーナへ、パウロ・ソウザがユベントスへ、黄金世代がセリエAに新天地を求めるなかで、フィーゴも1996年夏にイタリア行きが有力視されていた。
ところが、エージェントのジョゼ・ヴェイガが欲をかく。スポルティングとの契約が残っているにもかかわらず、ユベントスと仮契約を結んだ。そしてさらに、より好条件を提示してきたパルマともサインする。常識としてありえない「三重契約」である。
欲深なエージェントの暴走は、当時のセリエAで絶対的な権力を有していたユベントスの怒りを買った。フィーゴはイタリアサッカー連盟から2年間の出場停止処分を科される。
フィーゴの人生には、契約にまつわるトラブルがついてまわった。ヴェイガは6年前にもスポルティングとベンフィカの間で二重契約。彼の顧客は45日間出場停止のペナルティを食らっていたため、ポルトガルにも居場所はない。
八方塞がりのフィーゴに声をかけたのは、バルセロナだった。ロマーリオ、フリスト・ストイチコフなどが移籍し、やや陰りが見え始めたチームを再興するべく、ヨハン・クライフ監督(当時)が獲得を熱望したという。
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著者プロフィール
粕谷秀樹 (かすや・ひでき)
1958年、東京・下北沢生まれ。出版社勤務を経て、2001年
、フリーランスに転身。プレミアリーグ、チャンピオンズリーグ、 海外サッカー情報番組のコメンテイターを務めるとともに、コラム 、エッセイも執筆。著書に『プレミアリーグ観戦レシピ』(東邦出 版)、責任編集では「サッカーのある街」(ベースボールマガジン 社)など多数。