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中田英寿が在籍したパルマの本拠地「スタディオ・エンニオ・タルディーニ」 現在は鈴木彩艶が奮闘 (2ページ目)

  • 斉藤健仁●取材・文 text by Saito Kenji

 さらに1969―1970年シーズンの前、クラブはパルマにもうひとつあったクラブに経営を託し、ユニフォームとエンブレムを継承した。1970―71年シーズンにはセリエCへ復帰し、その後FWカルロ・アンチェロッティ(現レアル・マドリード監督)らの活躍で再びセリエBにも昇格している。
 
 そして1990―91年シーズンから、セリエAに初の昇格。Aに昇格後は、クラブは乳製品企業のパルマラットの所有となり、14シーズン中、13シーズンで6位以内という好成績を収めて強豪の一角となった。1992年に初の国内タイトルとなったコッパ・イタリアで優勝し、翌年、ウェンブリーでのロイヤル・アントワープとの決勝を3-1で制して初の欧州タイトルであるUEFAカップウィナーズカップも獲得した。
 
 さらに、イタリア代表MFジャンフランコ・ゾラを獲得、1994―1995シーズンのUEFAカップではMFディノ・バッジョの活躍もあってユヴェントスに勝利して優勝している。

 21世紀になると一気に風向きが変わる。突然、パルマラット社の不祥事が起こり、オーナーのカリスト・タンツィが逮捕された。2004年6月、アマチュアからの再出発を避けるため、パルマ・フットボール・クラブが設立され、パルマのすべての権利を引き継ぎ、存続することになった。
 
 しかし、2007―2008シーズン、18シーズン連続でセリエAに在籍していたパルマはセリエB降格の憂き目に遭う。2009―2010シーズンにはセリエAに復帰を果たしたが、深刻な財政問題で2015年にクラブは破産してしまった。
 
 2015年6月、後継クラブであるパルマ・カルチョ 1913が創設され、セリエDで戦うことが認められた。そこからパルマはイタリアで初めてとなる3シーズン連続昇格を果たし、2018-19シーズンから再びセリエAで戦うことになった。しかし、2020-2021シーズンに再びセリエBに降格。だが、2023-2024シーズンにセリエBで優勝を果たし、今シーズンからセリエAに復帰したというわけだ。
 
 そのパルマのホームスタジアムが「スタディオ・エンニオ・タルディーニ(Stadio Ennio Tardini)」であり、イタリアで最も古いスタジアムのひとつでもある。
 
 パルマのスタジアムは、1920年代初頭にパルマの会長であった弁護士タルディーニの意向で建設された。タルディーニは、1920年から1923年までクラブの会長を務めた。それまでクラブには固定されたホームグラウンドがなかったため、タルディーニは1922年2月に新スタジアムの設計コンペを全国的に開催したという。
 

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