チャンピオンズリーグの大舞台にも「謙虚な姿勢で」。セルティック旗手怜央の自らの指針を決めた、静岡学園時代の出来事 (2ページ目)

  • text by Harada Daisuke
  • photo by AFLO

試合に出られなくなった

 試合後、はっきりと言われた。

「そういう態度を取るような選手をピッチに立たせることはできない」

 直後には他チームとの練習試合が組まれていたが、僕は試合に出ることなく、副審を務めただけだった。練習には参加させてもらえていたし、普通にプレーもさせてもらっていた。ただ、試合への出場機会だけ与えてもらえなかった。

 ほどなくしてインターハイ予選が始まったが、僕は背番号10をつけるどころか、やはり試合出場はかなわず、ベンチから戦況を見守っていた。

 川口監督からは、試合に出場させてもらえない理由を説明されることはなかった。

「どうしたらいいのだろうか?」

「何で試合に出してもらえないのだろうか?」

 自分で考える習慣が身についたのは、この出来事があったからかもしれない。自分なりに頭を巡らせ、理由を考え、改善する方法を模索した。自分の考えに煮詰まった時には、コーチが相談に乗ってくれたこともあった。

 そして、自分なりに考え、たどり着いた答えが、自分自身の日々の態度だった。

「調子に乗っていたんだな」

「周りへの思いやりも欠けていたんだな」

 傲慢な態度がプレーにも表れていたのだろう。

 川口監督から直接、答えを聞いたわけでもなければ、理由を教えてもらったわけでもないから、本当のところは今もわからない。ただ、僕は自分で考え、そして初心に返ろうと思い直した。

 練習に向かう姿勢やチームメイトをはじめとする周りへの態度、プレーひとつひとつへの丁寧さやこだわり......静岡学園高校に入学した時、周りに追いつき追い越そうと懸命に努力した自分を取り戻そうと、一から自分自身に矢印を向けた。

 本来、「謙虚」という言葉は自分から発信するものではないと考えている。だが、調子がいい時ほど、謙虚であるべきだし、結果を残している時ほど、さらに高みを目指す必要がある。

 そして僕は自分自身が気づき、変わったところを川口監督に感じてもらわなければと取り組んだ。

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