2021.09.03

冨安健洋のアーセナル「栄転」をボローニャサポーターはどう見たか。プレミアリーグで必要なこと

  • パオロ・フォルコリン●文 text by Paolo Forcolin
  • 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

「ありがとうボローニャ、このユニホームを着て僕はすばらしい2年を過ごしました。ここで選手として、なにより人間として成長することができました。大きな大きなグラッツェをクラブに、スタッフに、チームメイトに、サポーターに告げたいです」

 冨安健洋はイタリア語でインスタグラムにそう残し、イングランドへと去っていった。

 今から2年前、ボローニャは、ベルギーのあまり知られていないチーム(シント・トロイデン)でプレーしていた20歳の青年の才能を深く信じて、彼を獲得した。そのトミー(冨安)のアーセナル移籍は、ボローニャだけでなく、セリエA全体の損失である。なぜなら、彼はテクニックが優れているだけでなく、日本人選手の美徳とされるすべての資質、誠実さ、プロ精神、親しみやすさを示しながら、見事に戦ってきたからだ。

ボローニャからアーセナルに移籍した冨安健洋 photo by JMPAボローニャからアーセナルに移籍した冨安健洋 photo by JMPA この記事に関連する写真を見る  そんな冨安を、イングランドのチームは何カ月も前から狙っていたし、冨安自身もプレミアへの憧れを隠していなかった。しかし、夢と現実の間ではいつも「金」が躍る。

 ボローニャは、自分たちが若く将来性のある金の卵を手中にしているのをよくわかっていた。だからすぐに移籍金を吊り上げ、トミーの成長をできるだけ現金化しようとしたのである。ボローニャが冨安につけた金額は2300万ユーロ(約30億円)から2500万ユーロ(約32億5000万円)。こうして何カ月にもわたる腕相撲のような駆け引きが始まった。

 彼を獲得したいチームが少しでも金額を下げさせようと粘り、ボローニャが絶対にはした金では手放さないとの固い決意を見せる。その真ん中にいて当惑していたのは冨安自身だろう。彼のできることといえば、機会あるごとにプレミアへの興味を示すことぐらいだったが、けっして大げさにアピールしたりはしなかった。ボローニャのサポーターに嫌な思いをさせたくない、という配慮もあったのだろう。そうした気遣いも、いかにも日本人らしい。

 冨安を狙っていたプレミアのチームはひとつだけではなかった。中でも一番力が入っていたのはアーセナルとトッテナムだ。またイタリアではジャン・ピエロ・ガスペリーニ監督率いるアタランタがかなり前から冨安を望んでおり、特にアルゼンチン代表クリスティアン・ロメロをトッテナムに渡した後は、冨安をその後釜にと考えていた。