イブラヒモビッチの影響力。王はイタリアで神に!?「俺はズラタン」 (2ページ目)

  • 西部謙司●文 text by Nishibe Kenji
  • photo by Getty Images

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<ファン・バステン2世から「ズラタネラ」へ>

 スウェーデンの名門マルメからオランダのアヤックスに移籍したのが20歳。かつてマルコ・ファン・バステン(オランダ)が着けていた9番の背中に「ズラタン」と書いてあったのは、イブラヒモビッチでは文字数が多すぎたからだろうか。

 このころのズラタンは、まさにファン・バステンのイメージだった。195㎝の長身だが、エレガントなテクニシャンだったのだ。

 印象的だったのが、チャンピオンズリーグでのアーセナルとの試合。タッチライン際でバウンドしたボールに長い足を伸ばし、つま先にボールを乗せて瞬間的に静止。そこからボールをすくい上げて、寄せてきたパトリック・ビエラ(フランス)の頭越しに浮かせて入れ替わった。

 バレエのダンサーのようなバランスと、繊細なボールタッチは、大物感満点だった。

 2004年にユベントスに移籍した時に、ロッカールームで「俺はズラタンだが、お前ら誰だ?」と言い放ったという逸話を残している。居並ぶユーベのスターたちを前に「誰だ?」と本当に言ったのかどうかはともかく、いかにもズラタンらしくはある。

 イタリアに行ってから、イメージが変わっていった。優美で繊細だったのが、強靭で豪快なストライカーになっていた。それまでの長所も残しつつ、嗜(たしな)みのあるテコンドーのようなアクロバティックな足技や、パワフルなプレーがトレードマークになっていった。

 独特のカリスマ性もこのころからだろう。どこか漫画的なのは、エリック・カントナ(フランス)とよく似ている。

 カントナはマンチェスター・ユナイテッドで「王」になったが、フランス国内では漫画的なキャラクターとして面白がられていたものだ。いつ激怒するかわからない変人だが、妙な愛嬌がある。自身も引退後に俳優になったが、弟のジョエルはサッカー選手でありながらテレビ・タレントでもあったから、家系なのかもしれない。

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