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バルサ不在のカンプノウで起きたドラマ。レアルの優勝、見たかった (3ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 中島大介●写真 photo by Nakashima Daisuke

 とはいえ、3つ巴となったこのホーム&アウェー戦はすべて好勝負だった。ホームでマンUに3-3で引き分けたその最後の一戦は、名勝負の域に達しようかという一戦だった。カンプノウの観衆は、グループリーグ敗退が決まっても拍手を送ったほどだった。

「つまらない1-0で勝つくらいなら、いっそ2-3で敗れた方がマシ」とは、ヨハン・クライフの言葉だが、それを地で行く反応を示したカンプノウのファンに、こちらは感激させられたものだった。

 しかし一方、同様にグループリーグで苦戦を強いられていたレアル・マドリードは、スパルタク・モスクワをその最終戦で破り、インテルに続き2位通過を決めた。

バルセロニスタは大いに慌てた。きれいごとを言っている場合ではなくなった。先述のとおり、1998-99のCL決勝が、カンプノウで開催されることに決まっていたからだ。さらに言えば1999年は、バルサにとってクラブ創設100周年に当たる記念の年でもあった。

「クラブ創設100周年に、レアル・マドリードが我々の聖地、カンプノウでCL優勝を飾ることになったら、別のルポを書いた方がいいと思う。スペインの市民戦争についてだ。そうなったら(バルサの)ホセ・ルイス・ヌニェス会長(当時)は、亡命して日本に逃げるしかないだろうな」

 その時、話を聞かせてくれた現地の新聞記者は、自虐的に嘆いたものだった。

 レアル・マドリードは準々決勝で、アンドリ―・シェフチェンコのいたディナモ・キエフに合計スコア1-3で敗れたため、バルセロニスタの心配は杞憂に終わった。しかし、両クラブの歴史的関係について、いまひとつ実感が湧かない日本在住のライターにとっては、不謹慎ながら「レアル・マドリードがカンプノウで優勝する姿が見たい」との思いが去来したことも事実だった。

 1998-99は、スタジアムに手が加えられたシーズンでもあった。最も変わったのは記者席で、正面スタンド1階席後方にあったそれまでから、2階席最上部に設置された箱状のゴンドラ内に移動した。

「俯瞰する」とは、とりわけサッカーで使用される頻度の多い言葉になるが、カンプノウの記者席から眺める眺望こそ、それは最適な表現だと言いたくなる。ここからピッチを眺めると、サッカーを見る目が変わること請け合いだ。ゲーム性について論じたくなる環境が用意されている。

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