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バルサ不在のカンプノウで起きたドラマ。レアルの優勝、見たかった (2ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 中島大介●写真 photo by Nakashima Daisuke

 試合終了間際に待ち受けていた壮大なスペクタクルは、このオープニングセレモニーで披露された神秘的な演出に導かれていたような気がしてならない――とは、その時、カンプノウで抱いた実感である。

 もっともこの演出は、モンジュイックの丘にある五輪スタジアム(かつてのエスパニョールの本拠地)で行なわれた、バルセロナ五輪の開会式でも用いられていた。CL決勝のオープニングセレモニーを見ながら、5万円ぐらいでチケットを購入して観た五輪開会式を想起したのだった。

 そのバルセロナ五輪で、カンプノウは、サッカー競技のメイン会場となっていた。8月8日。ジョゼップ・グアルディオラを擁したスペインが、決勝でポーランドを3-2で降した舞台も、カンプノウだった。

 スタンドは満員に膨れあがっていた。五輪代表チームとはいえ、スペイン代表とほぼ同一のユニフォームを身に纏う集団だ。「我々はスペイン人ではありません」という横断幕が掲げられるカンプノウで、いわゆるスペインの"代表チーム"が試合をしたことは、この時が最初で最後ではないだろうか。

 それは、バルセロナがロンドンのウェンブリーでサンプドリアを倒し、初の欧州一に輝いた直後の出来事だった。その時、FKで決勝ゴールを奪ったのが、現監督のロナルド・クーマンになる。

 1998-99シーズンに話を戻せば、バルセロナが欧州一に輝いた経験は、その時点では1991-92シーズンの1度しかなかった。対するレアル・マドリードは、その前のシーズン(1997-98)に、アムステルダムのアレーナで行なわれた決勝でユベントスを下し、22年ぶり通算7度目の優勝を飾っていた。

 スペインに700万人いるとされるカタルーニャ人は、全員が全員、ユベントスを応援した。ユベントスの応援グッズを買い、家々の窓辺にはユベントスのフラッグを掲げて決勝戦を観戦したと言うが、その甲斐なくレアル・マドリードに優勝されてしまった。

◆「サッカートップ選手の華麗なるパートナーたち」>>

 翌シーズン(1998-99)、バルセロナはCLのグループリーグでバイエルン、マンUと同組に振り分けられた。両チームは決勝を争った2チームであり、バルサはグループリーグ敗退の憂き目に遭っている。

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