2020.05.12

キエフのシェフチェンコとゲルマン魂。
キレたジーコと美人記者の質問

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 ディナモとシェフチェンコの名前はこの時、欧州を駆け巡っていた。キエフで行なわれるバイエルンとの第1戦は、話題性のある注目の一戦だった。

 キエフのオリンピスキは、ユーロを翌年に控えた2011年10月、リニューアルオープンしている。つまり、1998-99シーズンのCLが行なわれたのは旧スタジアムだった。観衆は約9万人。超満員に膨れあがっていた。屋根もなく、照明も明るくない旧式のスタジアム。雨天の影響で霞がかかるスタジアムは、幻想的な光景に包まれていた。

「歴代CLのベストゲームを挙げよ」と言われれば、この1998-99シーズンの準決勝ディナモ・キエフ対バイエルン戦は、間違いなくトップ10にランクインする。

 まず、ディナモ・キエフがシェフチェンコの連続ゴールで2-0とする。前半終了間際にミヒャエル・ターナートに1点を返されるも、後半5分、ディナモ・キエフはビタリー・コソフスキーのゴールで再び2点差(3-1)とした。ディナモは試合の主導権を握っていた。サッカーもバイエルンより面白かった。勝たせてやりたいサッカーをしていた。