柴崎岳の本拠地は最果ての地に。欧州を席巻したデポル、運命の一戦 (2ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 初めて訪れたのは1994年4月7日で、国内リーグのアトレティコ・マドリード戦だった。その時、リーグ戦で首位に立っていたデポルティーボとは、どんなチームか。ベベット、マウロ・シウバ、ドナトなどブラジル人選手も観戦動機のひとつだった。

 しかしその時、それから約10年と少しの間、日本からこの最果ての地まで、何十回と足を運ぶことになるとは、想像もしなかった。

 まさにハマってしまうことになった。

 デポルティーボは、このアトレティコ戦に2-1で勝利。初優勝に向けて残り数試合という段に漕ぎつけた。そして、シーズンの最終戦を迎えてもなお、首位の座を維持していた。バレンシアとのホーム戦に勝利すればスペインリーグ初優勝が決まる。しかし、2位バルセロナとの差は勝ち点1。

 デポルティーボ対バレンシアは、終盤を迎えても0-0のままだった。一方のバルサも、前半を終えて対戦相手であるアトレティコ・マドリードに1-2とリードを許す展開だった。

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