長谷部誠が難民キャンプを訪問。ロヒンギャの子どもたちに勇気を与えた (3ページ目)

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko

 丸腰に近い民間人に対する迫害は凄惨を極めた。ロヒンギャの人々は、家を焼かれ、殺害され、ラカイン州を追われて隣国バングラデシュへの脱出を余儀なくされた。その数は2年間で約76万人。

 深刻なのは、女性に対するミャンマー軍人による組織的レイプが盛んに報告されていることだ。筆者は、クトゥパロンの難民キャンプで性被害に遭った女性たちを取材した。レイプされた時間や場所は異なるが、手口はマニュアルがあるかのようにすべて統一されていた。昨年にノーベル平和賞を受賞したコンゴのデニ・ムクウェゲ医師が言う、軍による「性的テロリズム」である。

 性的テロリズムは、精神的に人々を追い込んで恐怖心を植えつける。通常兵器と違って予算も関わらない上に女性自身が背負い込むプライバシーの問題もあり、事実を不可視の状態に追いやる極めて非人道的な戦争犯罪である。

 この性被害にあったロヒンギャの女性たちに対する調査とメンタルケアを続けているチッタゴン在住のラツィアという女性弁護士によると、国連NGOなどが把握している性被害者の数は、クトゥパロンキャンプだけで約4000人に及ぶと言う。

「なぜミャンマー国軍は性的テロを行なうのか?」という問いに対してラツィアは「過去1978年にもラカイン州を襲った民族掃討作戦(=ナーガミン作戦)があったが、そのときにも性被害に遭った女性たちは土地に戻って来なかった。性暴力は異民族を追い出す上で大きな効果があったのです」それでミャンマー軍は味をしめたと言われている。

 ビジネスで成功した守の父は私財を投げうって、バングラデシュの難民キャンプの地に子どもたちへのための学校を建てている。難民の約半数の30万人が未成年なのだ。

 教育は生きていく術としてだけではなく、憎悪の連鎖を断ち切るためにも重要だとの考えが父にはあった。暴力を否定し、ミャンマー政府を憎むのではなく、いつかミャンマー国籍を再取得して帰国するために学校の必須科目はミャンマー語だ。そんな父の姿を見た中学生の守が館林でサラマットFCを作ったのは、日本国籍者としての義務を果たしながら、ロヒンギャとして生きていこうという決意の表れでもある。

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