2019.07.15

長谷部誠が難民キャンプを訪問。
ロヒンギャの子どもたちに勇気を与えた

  • 木村元彦●文 text by Kimura Yukihiko

 群馬県館林市に水野守という高校1年生がいる。サッカーを小学3年生で始めた少年のポジションはボランチで、学校の部活動でもプレーしていたが、一昨年11月に自分でチームを立ち上げた。

サラマットFCの旗を掲げる子どもたち photo by Kimura Yukihiko

 チームの名前は、FCサラマット。一風変わったこのワードは、アラビア語で「平和への願い」を意味する。守は日本で生まれ育った在日ロヒンギャ民族の二世で、すでに日本国籍を取得しているが、スハイルというロヒンギャの名前も持つ。

 チーム名の由来はまさに今、祖国ミャンマーで起きていることに対する祈りの気持ちからつけた。メンバーの数は16人、そのうち14人がロヒンギャ民族で構成されている。館林は日本における唯一にして最大のロヒンギャコミュニティがあり、現在、約200名の人々が暮らしている。

 ロヒンギャ。それは2017年2月に国連の調査団が「世界で最も迫害されている民族」と報告書を上げたミャンマーのラカイン州に暮らすイスラム教徒のことである。

 その迫害と差別は、1962年にネ・ウィン将軍が起こした軍事クーデターから続いていたが、ビルマ(当時)政府が1982年に制定した「ビルマ市民権法」によって、決定的なものとされた。

 同法はミャンマー国内で定住する135の民族を国民と定義するも、その中からロヒンギャを排除。国籍を剥奪してバングラデシュからの違法移民としてしまったのである。

 民族浄化にお墨付きを与えるような法律によってその存在を否定されたロヒンギャは、これより現在に至るまで、まさに「合法的」に迫害され続けている。約400万人と言われる総人口の内、およそ300万人が国外へ脱出している。父祖の土地に住みながら無国籍者にされ、難民として追われるという世界でも稀有な例である。

 日本にも命がけで逃れて来たロヒンギャの人々がいるが、その人々がたどり着き定住したのが、館林市である。現在は、行政もムスリム(イスラム教徒)であるロヒンギャの子どもたちのために中学校にお祈りの部屋を作り、給食にはハラルフードを加えようとする動きさえ見せている。ラマダン(断食期間)のときには、教員も「疲れたら早退してもいいよ」と声掛けをしたりしている。

 外国人居住者に向けての避難訓練なども含めて、こういった館林市市役所の取り組みは評価されているが、これに至るまでのロヒンギャの人々の努力も見逃せない。