2018.06.12

ハリルともニシノとも違う、ブラジル
全国民が支持する「無敗監督」

  • リカルド・セティオン●文 text by Ricardo Setyon 利根川晶子●翻訳 translation by Tonegawa Akiko

親善試合クロアチア戦でのネイマールとチッチ監督 photo by Reuters/AFLO 南米予選で2位以下を大きく引き離しトップ通過。世界で最初にロシアW杯行きのチケットを手にしたブラジルは、ロシアW杯で優勝候補の最右翼と言われている。その強さの秘密は、4年前の自国開催の大会のリベンジに燃えているからだけではない。強さの源はチームを率いるチッチにある。彼は12年間の”ブラジルサッカー不遇の時代”を終わらせることのできる監督と言われている。

 ブラジルの恥ずべき時代は2006年ドイツW杯から始まった。このときのセレソン(ブラジル代表の愛称)はディフェンディングチャンピオンであり、ロナウド、ロナウジーニョ、ロベルト・カルロス、カカらを擁し、誰もが連覇を信じていた。

 大会直前のスイス合宿では、選手がただランニングしたり、ストレッチしたりする姿を見るためだけに、人々がチケットを買い、小さなスタジアムが満員御礼になるほどの人気だった。しかし、W杯の結果は準々決勝8敗退。それまで優勝、準優勝、優勝と続いていただけに、ブラジル人の落胆は大きかった。

 だが、さらなる悲劇はその後、ドゥンガが代表監督に就任したことだ。ドゥンガは選手を一度も海に連れていかず(ブラジル代表の合宿地の近くに海があると、息抜きのために連れていくことが多い)、2010年の南アフリカ大会はブラジル史上最低のW杯(準々決勝敗退)となってしまった。そして、ブラジルサポーターにわずかに残されていた希望をすっかり消し去ってしまったのが、2014年ブラジルW杯準決勝、ドイツ戦での7‐1の大敗だ。

 あの日以来、ブラジル人はサッカーを見ることがつらくなってしまった。だから代表が国外で試合をしても誰もテレビで試合を見ない。国内でプレーするときも観客はわずか。そのわずかなサポーターも、ブーイングばかりという日々が続いた。