追悼ヨハン・クライフ。彼がいなかったらサッカーは違うものになっていた (4ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki photo by Getty Images

 名選手であり名監督であり戦術家。だが、戦術家という名称は、元スーパースターには不似合いだ。プロ選手としての経験のないサッキの方がよく似合う。元スーパースター対研究者。戦術家らしく映るのは、サッカーでは断然後者だ。実際、クライフは一見、戦術家らしくなかった。川上哲治というより長嶋茂雄だった。野村克也でもイビチャ・オシムでも全くなかった。

 明るく、爽やかでスポーティ。大きなジェスチャーを交えながら、朗々と言葉のシャワーを、まさにいい感じで浴びせかけてくれた。こちらを緊張させるようなことは一切なし。初めて話をうかがったのは、カンプノウ内にある監督室で、歴代の監督の写真やトロフィーがずらりと並ぶ場所だったが、その厳かな雰囲気とは対照的な、いい意味での軽さがその好感度を高めていた。

 とはいえ話の中身まで軽かったわけではない。「勝つ時は少々汚くてもいいが、敗れる時は美しく」「娯楽性と勝利はクルマの両輪のように求めるべき」「つまらない内容の1−0なら、2−3で負けた方がいいくらいだ」等々、いまだに忘れられない言葉のオンパレードだった。僕にとってはまさにカルチャーショック。サッカー観は、クライフに話を聞く前と聞いた後で180度変わっていた。サッカー観というより人生観と言ってもいい。

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