首位奪取!レアル指揮官アンチェロッティのマネジメント術 (2ページ目)

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

 スーパースターと呼ばれる選手たち(今の彼にとってはクリスティアーノ・ロナウドやガレス・ベイル)や気むずかしいクラブ会長(これまでの彼にとってはシルビオ・ベルルスコーニやロマン・アブラモビッチ)、あるいはヒステリックなメディアとどうつき合うべきかを語らせたら、いくつもの国で成功を収めた「危機管理」のプロであるアンチェロッティの右に出る者はいない。

 彼のマネジメント術の秘密を探るため、僕はマドリードに飛んだ。空港にはアンチェロッティのアシスタントを務めるポール・クレメントが車で迎えに来てくれていた。クレメントは体のがっしりしたイギリス人の元体育教師。アンチェロッティとはチェルシーで会い、まもなく自分も監督の道を歩もうとしている。


 車は冬のやわらかな日差しの中を走り、トレーニング施設に到着する。静かな午後だが、記者やテレビカメラ、選手のサインを狙うファンたちが何かが起こるのを待ってゲートのあたりにたむろしている。

 しかし地球上で最も裕福なフットボールクラブのトレーニング場の中に入ると、世界は静穏(せいおん)そのものに感じられる。面倒なことがゲートからこちらに入ってこないよう、あらゆる手段が講じられている。クレメントは自分の車を、派手な白いスポーツカーの正面に停める。スポーツカーの持ち主はベイル。昨年夏にレアルがトットナムから1億ユーロ(当時のレートで約132億円)で買ったウェールズ人選手だ。

 メインの建物にも今は人影がまばらだ。コーチ室でアンチェロッティの息子ダビデが、ピンク色のスポーツ紙ガゼッタ・デロ・スポルトを読んでいる。ダビデはほっそりした体つきの礼儀正しい青年で、父親のスタッフをしている。周囲の丘は冬らしく茶色に染まっているが、コーチ室の窓から見える練習場の芝はありえないほど美しい緑だ。

 アンチェロッティはみんなを幸せにする。前の晩には50人の同僚を老舗のバスク料理レストラン「メソン・チストゥ」に連れていき、代金をすべて払った。今日のアンチェロッティは、おいしいエスプレッソを振る舞い、椅子に腰かけ、たばこに火をつける。携帯電話がひっきりなしに震えるが、彼は無視する。十分に意味の通じる英語をゆっくりと話し、ときどき緑のペンで落書きをしながら、落ち着きのあるオーラをかもし出している。

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