ロベルト・バッジョが難病と闘った友に送った手紙
今年6月、ロベルト・バッジョがひとりの男のために記した手紙がある。
その男とは、ステファノ・ボルゴノーボ。ロベルト・バッジョの盟友だ。
「君が一体どれだけの苦しみと戦ってきたのか......。懸命に想い描こうとしてもそれは絶対に僕の理解が及ぶものではない。ただ、君は、発病から8年もの長きに渡って君が自らの身体を襲った病という"毒"と格闘する中で、それを他者の心を癒す優しい薬へと変化させた。その君の勇気に、どれだけの人が心を震わせただろう。どれだけの人が君の笑顔に励まされただろうか。
ありがとうステファノ。君こそが僕の英雄だ」
今年6月には、イタリア代表OBと日本代表OBのチャリティマッチのために来日したロベルト・バッジョ バッジョとボルゴノーボは、1988-1989シーズンにフィオレンティーナでともにプレイした。FWとして持つべきほぼすべての特性を兼ね備えていた希有な選手であり、ピッチでは熱く、ピッチ外では温和で真摯な人柄によって誰からも愛される選手。それが、ボルゴノーボだった。近年のサッカー界で言えば、「右利きのラウル」「温厚なインザーギ」「細身のルーニー」とでも言えばいいだろうか。
96年に引退したボルゴノーボは自らが若き日を過ごしたクラブ、コモのユース監督をやっていた2005年、突如として重い病に襲われた。病名は「SLA(筋萎縮性側索硬化症=Sclerosi laterale amiotrofica」。時の経過とともに徐々に体全体の筋力が落ちていくという、原因が究明されていない不治の病である。
現役時代、温厚な人柄で愛されたボルゴノーボは、およそはかり知れないまでに強靭な精神力の持ち主であったことを、この病に直面して示してみせた。発病から3年後の2008年9月に自らの実情を公表し「ボルゴノーボ基金」を設立。率先してメディアに出て同じ病に苦しむ人たちとその家族を激励し続けたのである。
2008年10月8日には「ボルゴノーボのために」と銘打たれた親善試合がフィレンツェのスタジアムで行なわれた。
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