Jリーグ開幕戦は白熱の逆転劇 だが観客、視聴者にとって「価値あるイベント」になっていたか (2ページ目)
【国立競技場の問題点とは】
ただし、この逆転劇には微妙な判定も含まれていた。VARの介在で判定は2度覆った。いずれも鹿島の攻撃で、徳田誉が押し込んだゴールが取り消しになった件と、鈴木優磨が放ったシュートが、実は横浜FMのジョルディ・クルークスの手に触れていたという件である。
前者はワンプレー前で絡んだ鈴木のポジションがオフサイドだったか否か。後者はクルークスの手に触れたか否かが問題となったのだが、国立競技場の電光掲示板は、それを伝える装置として脆弱だった。
2020年の東京五輪のために建設されたばかりの、いまだ名称に「新」をつける人が少なくないナショナルスタジアムだ。日本では最先端を行く、ナンバーワンスタジアムであるはずだが、ワールドカップ帰りの筆者には、その映像装置が恐ろしく貧しいものに映った。
画角も小さければ、解像度も低い。国立競技場に詰めかけた6万3960人の観衆のなかで、VARによるこの決定的な説明を、鮮明に捉えることができた人はどれほどいたか。ワールドカップの会場にそうした不満は一切なかった。超特大かつ鮮明なスクリーンが問題の箇所を繰り返し、納得するまで懇切丁寧に紹介してくれたからだ。そのクオリティを100とするなら国立競技場はせいぜい10。旧態依然としたサービスそのものだった。
国立競技場で行なわれる試合は今季、これまで以上に増えている。月2試合ぐらいのペースで開催される。各試合で4万人以上の観客が予想される。アクセスのいい場所柄、両チームとは関係のない浮動層も数多く来場する。
彼らをリピーターにできるか。主催者に問われるのはホスピタリティであり、サービス精神だが、試合を決定づけるVARがこの不鮮明さでは、サッカーの魅力を伝えきることはできない。スタジアムに胸を張って招き入れることはできない。視覚効果を重視したスタジアムでないと、今日のサッカーは楽しめない。横浜FM対鹿島は国立競技場のサッカー場としての問題点を明らかにした。国立競技場がサッカーをメインにしようとするなら、そのための仕様に改修されることを切に望む。
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